ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1483, 桜咲くーつれづれに −2
昨日、昼過ぎに栖吉川の土手を上流に向かって散歩をしていると
悠久山への道路が車で列をなしていた。
「まだ桜には4~5日早いはずだが」と思いながら土手を悠久山の裏山に向かって
上っていくと、遠くに桜が見えてきた。
参道の桜並木が満開に近い状態である。
そこで悠久山まで思い切って行ってみた。
参道まで行って桜並木の道を歩きだしてビックリしたのは、
その両側の石灯籠がことごとく倒れていた。
江戸時代に献上された見事な大きな石灯籠である。
さらに子供のときから馴染みの竜神橋も落ちていて渡れなかった。
お参りをした後に、桜の名所になっている広場に出たところ、
近年見たことがないほどの花見の人で溢れていた。
連休直前の給料日前で、手軽にレジャーを楽しもうというのだろう。
山の上はまだ3~5分咲でしかなかった。
瓢箪池まで行って、団子茶屋から長岡城の資料博物館まで行って、
裏の山道を降りて帰ってきた。
ものはついでと帰路、福島江まで足を運んで花見をしたが、
ギリギリの散りぎわで、桜吹雪の中を歩くことができた。
「例年並の桜の咲き具合」というのが今年の私の評価である。
所要時間は二時間半であった。
カメラを持っていかなかったのが少し残念であった。
そして、今朝の6時過ぎに朝の花見に再び悠久山に行ってくる。
一晩だけでも開花は進むようだ。
5~7分咲きになっていた。
毎年の恒例になっている人気のない花見もよいものだ。
鶯などの多くの鳥の鳴き声が、何とも優雅な気持ちにさせてくれる。
今週の散歩は車で悠久山まで行っての花見の予定だ。
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2004年04月25日(日)
1118, 寝るほど楽はなかりけり
「世の中に寝るほど楽はなかりけり、浮世の馬鹿は起きて働け」
という、人間の本質を辛辣に笑った川柳がある。
人間の本質は、実際のところこんなものだろう。
「仕事ほど私を魅了するものはない。私はそれを座ったまま
何時間でもみていられる」ージェローム
これも面白い。人の仕事を割り切ってみているほど魅惑されるものはない。
「私はマゾである。その辛さが快楽だったため、仕事に熱中でき
出世することができました」という本音を書いている人がいるが
これも真実をついている。
そう思って仕事をすれば、辛さも辛くは感じないだろう。
また出世する人間は、仕事マゾの傾向があるのでは?
私の仕事観は父親の影響が大きい。
「より働き、より楽しめ、仕事の中にこそ本当の楽しみがあり、真実がある」
大体が、その思想のようであった。
適職にあえるかどうかが、その人の人生を左右するといってよい。
とはいっても、目先の話ではだれも働きたくないし、先ほどの川柳が本音である。
といって、生きていくためには仕事をしなくてはならない。
一部勝ち組以外、ほとんどが負け組みになってしまう時代、仕事を
どう捉えていくか難しくなってきた。
ふて寝時代の時代になってきた?
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2003年04月25日(金)
751, 不思議-シンクロニシテー
以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。
親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。
先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩
をしているコースで初めて大きな虹を見た。
ああまた出たという感覚である。
その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も
次々に出て、その下を通ってきたのだ。
曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論
はじめてである。
以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる
従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。
写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
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04月25日(月)
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