ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1480, 桜咲くーつれづれに
昨日か今日あたりが長岡の平地では満開である。
もう散りかけてもきている所もある。
近くの山は大よそ一週間おくれになる。
何でも咲きがけか蕾のころがよいものだ。
満開で散りかけも良いが、何か心さびしいものがある。
近くに福島江という桜の名所があり、この時期の楽しみになっている。
車で10分ほどの悠久山の桜も良い。
特に豪雪の年は良い桜が咲く。
家内は如何いうわけか「桜が好きでない」という。
「どうして?」と聞いても解らないと言う。
「すぐ散るからじゃないか」と言ったら、
「恐らくそうじゃない」と答えた。
私は、すぐ散るから気にいっているのだが。
10年に一度位は大当たりになる。
悠久山などで早朝に見ると、思わず息を呑むような神秘的な
光景を目にすることが何度かあった。
一瞬の艶めかしい雰囲気が漂っている。
全国的にみたら、無数に名所があるのだろう。
サロンに、時々訪ねてくれる井上さんの桜の写真も楽しみだ。
現場で見る桜は、写真では表現できないほどの濃艶な妖精が
無数に漂っているのだろう。
先日の日経新聞の最後のページの「文化欄」に作家の山本一力氏が、
吹かずともと言う文章を書いていた。
桜の花と、人の引退時を重ねて書いていた。
ー引き時に迷ったら、桜に教わればよいー
今週の長岡は、桜の週である。
庭の梅の花も散り始めてきた。
近くの川に鴨の姿がチラホラ見えてきた。
本格的な散歩が、この時期から始まる。
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2004年04月22日(木)
1115, 中年期の「八つの危機」
思春期妄想症、青年期神経症をやっと乗り越えて、中年期から老年期になると
一番恐ろしい中年期の危機が大きく口を開いて待っている。
中年から老年に向かっている身にとって、一つ間違えればとんでもない危機に
陥ってしまう年齢になってきた。
アルフォンス・デーケンは、この中年期の危機を「八つの危機」にまとめている。
バランスを崩せば、何時でもこの鬱の世界に転げ落ちてしまう。
この「危機」に対して、上手に対応することが必要になってくる。
以下は、アルフォンス・デーケンの本に書いてあった内容である。
いくつかは誰もが心の奥で感じたことであろう。
どういうわけか私の場合、ほとんどない??
常にコントロールしてきた為だろうが。
今まではそうであったが、今後は解らないのが人生というものだ。
このすべてを背負って、万年鬱になり自殺未遂を繰り返している人がいるが、
ある日突然、こころの芯棒が折れてしまって、この幾つかの穴にはまり込まないとは
限らないことばかりである。
ーその一部をまとめて抜粋をしてみるー
「気がついたら人生の折り返し地点を過ぎてしまった・・・」
「仕事がサッパリ面白くない」
「同僚と付き合うのが億劫だし、妻や子供との時間が楽しくない」
「何の為に生きているかわからない」
「ちょっとしたことでも、くよくよ考え込んでしまう」
「若い頃のように、やる気が出てこない」
「上司や同期の葬式に出ることが多くなったな・・・」
「コメディ映画をみても、素直に笑えないよ」
よく聞くぼやきであるし、身に覚えのあることである。
以上のことは中年期に忍び寄ってくる特有な「八つの危機」の典型的な
現れである。それぞれを説明してみると
1.「気がついたら人生の折り返し地点を過ぎてしまった・・・」
:時間意識の危機
時間の概念は客観的なクロノスと主観的なカイロスに
分けることが出来るが、中年期は主観的なカイロス時間意識(残された時間が
少なくなってきたという感覚)に目覚める時である。今までの時間意識を変革して、
自分の人生のカイロス時間(生きているという実感をいだける時間)に対して、
ためらわずに進むことが時間意識の危機に対する望ましい対応である。
2.「仕事がサッパリ面白くない」
:自分の役割意識の危機
多くの人は中年期までに社会的に一つの役割をはたしますが、
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04月22日(金)
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