ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1251, オーストリア旅行記 −2
ーウィーンー
オーストリアといえば、ウィーンである。
ウィーナーワルツ、ウィーンナーコーヒー等の軽やかなイメージがわいてくる。
飛行場から街に入るまでの道路で、何か変った感じがした。
広告看板が一切無いのだ。
街に入っても、広告看板が小さく殆ど目立たない。
郊外は一切広告看板が禁止されており、街中でもかなりの規制があるという。
ウィーンはハプスブルク王朝の帝都として発展してきた。
17世紀以来、中欧都市として多くの文化の集積地として東西南北・欧州の
核ー交差点となっていた。
音楽やワルツ、食に建築、多大な富、異文化、優れた人材が流入し混在していった。
そこにはゲルマン、スラブ、ラテン、ユダヤのどれでもない独特の国際性豊かな
文化があった。その結果として、国民の民度は最高度のようだ。
一見華やかに見えるが、生活は質素で堅実な国民性である。
さほど大きくないないこの街に、一ヶ月間いても飽きることがないほど
多くの見所が詰まっている。
たった数日の滞在でそれを感じさせる何かがある。
学生時代、私の寮の隣室の河路という先輩と、一年後輩の南波嬢がこのウィーンに
留学したのだ。彼らは三十数年前に、この街に数年住んでいたのだ。
この街にいるだけで、いやこの国にいるだけで、多くのことが学べそうな
雰囲気が満ちていた。
ウィーンでは、まずは「王宮」である。
ハプスブルク家が640年間、帝都として代々の皇帝が住居としてきた。
13〜19世紀の間、増築を繰り返し、現在みられるような壮大かつ華麗な建物になった。
皇室の22室の部屋と、家具などが展示されていた。
旧王宮内にある「王宮銀食器等コレクション展示室」には
ヨーゼフT世夫妻が使用した銀食器をはじめ、多くの陶器などが展示されていたが、
ただただ、その豪華さに驚いてしまった。
次に[[美術史博物館]である。
世界の博物館でも所蔵する絵画及び美術工芸品のコレクションは最大級である。
1857年にハプスブル家の美術品を収蔵するために建てられたものでリング状に
部屋が創られ、多くの作家ごとに部屋が割り当てられており、ブリューゲルの
[青い花瓶の花束]や、ルーベンスの[古代の四大河川」や、ベラスケスの
「バラ色のドレスの王女マルガリータ]などが、所狭しと展示されていた。
「シェーンブル宮殿と庭園群」の美しさも見ごたえがあった。
つづく
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2003年09月05日
(金) 884, マンション事情
先日、新潟市内のマンションを見てまわった。
モデルルームを見るかぎり、マンションはなるほどすばらしい。
ここで住んでもよいかな〜というのが幾つかあった。
マンションは宝石を買うのと同じで、買った時が一番の高値のとき。
買った後は、急カーブで価値が限りなく落ちていく。
一戸建て住宅にもいえるが、デフレの時代は更にこれが加速される。
純朴な庶民に夢を売っているのだということが、よーく解った。
結婚に似ているが、全てにいえることだ。
マンションの売れ行きを見ているかぎり、恐慌の世界とは程遠いようだ。
新潟市内に、いつの間にか多くのマンションが建っていた。
そして、その殆どのマンションの完売には驚いた。
一戸建てなら、数十lの頭金が必要だが、マンションならそれが必要がない。
ローンで三十数年の延払いが可能で、アパートの家賃を考えれば目先安く感じる。
売る方からみれば、最高の営業ネタになる。
払う方は30年以上縛られてしまうことになる。
以前はやったジュエリーの世界に似ている。
売りつけてしまえば、10年・20年以上経った時の商品価値に責任ない。
20年以上経ったマンションを見れば、それが良くわかる。
マンションも毎年のように、ドンドン進化していくのだ。
しかし、マンションの良さもある。
一戸建住宅のメンテや町内の付き合いやゴミ掃除などから開放される。
また比較的良い立地に住むことが可能になる。
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09月05日(日)
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