ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1007, 激突!エコノミスト-今年の景気予測
一昨日の田原総一郎司会の「サンデープロジェクト」の新聞見出しが
「激突!エコノミスト」であった。
経済予測をエコノミストが議論する新年恒例の内容である。
「小泉構造改革に展望があるか」を中心に議論をしていた。
ー内容をまとめてみると
・今の日本は「粉飾国家」とまで断言をしていたエコノミストがいた。
・ほとんどのエコノミストが「小泉の構造改革」は失敗をしたと断言。
道路公団の改革は全くの骨抜きにされたと意見が一致。
・年内の景気は悲観論と楽観論が相まっていた。
・今年は中小企業の倒産等が大問題になる。
それに伴ない地銀以下の問題が派生してくる。
どのエコノミストも地方経済は最悪と認めていた。
・政府は、どうにもならないアメリカの国債を買い続けている。
そしてドル安にして、日本の資産を吸い取っている。
アメリカ経済は大統領選挙が終わった来年が問題になる。
・デフレスパイラスに入ったかどうかに対しては殆ど議論はなかった。
・来年のペイオフの影響はあまり議論はなかった。
私の目から見て、刺激的な言葉は避けているようであった。
悲観論者は遠慮をして話しているようでもあった
道路建設しても止めるにやめられないのが実情だろう。
半減でもしたら、建設業界は壊滅をしてしまうからだ。
いずれにしても、表面は繕いながら中味は凄惨な状態が避けられない。
「粉飾国家」という状態であると見なくてはなるまい。
他は如何であれ、自社は生き抜かなければならないのが経営である。
この環境の中の舵取りは大変だ。
今更のことだが。
・・・・・・・・・・
2003年01月06日(月)
633,、「不幸論」 ー中島義道
図書館で借りてきたユング派の哲学者の中島義道の不幸論が面白い。
幸福論の自己欺瞞を鋭く指摘したあとに、人間の最終結末の死をとらえて
不幸論を書いている。しかしあくまでも幸福論の批判であって、
不幸論そのものを見すえて論じてはなかった。
しかし不幸を座視にして幸福論を批判するのは、逆に幸福論をより鮮明に
浮かび上がらせて理解するのに良い。
幸福の構造は
1、自分の特定の欲望がかなえられていること
2、その欲望が自分の一般的信念にかなっていること
3、その欲望が世間から承認されていること
4、その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れてないこと
特に1〜3までの実現に4が生じてしまう。
幸福論というと、エピクロスの快楽主義が思い浮ぶ。
「人生において、面白おかしくしたい事をする事が全てに優先されるべき」
バランスが問題になるだろうが。
最近の幸福論としてヒルティやアランである。
・ヒルティの幸福論はキリスト教の理想的なカタチ
・アランは内省ー解釈の仕方ー気持ちの持ちよう
集約するとこんなものだろう。
私の幸福論はやりたい事を見つけどれだけやったかという
達成主義である。それもあくまで自己欺瞞でしかないのだろう。
愛・知・力という3点に自分の目標値は決め、達成のプロセスが=幸福という
単純なものだ。しかし死を宣告された時にその達成感など何の支えになるかと
考えると、その前に粟粒でしかない。
この不幸論の一番気にいったところを抜粋した
ーだいたい、幸福論を書こうという人の動機が気に入らない。
彼(女)は、
・まずだれでも幸福になるという基本態度を押し出す。
・次に、この磁石の上に、自分の体験を重ね合わせて、幸福とは大それたもの
でないことを、それは考え方を変えることで誰の足元にもころがっているという、
壮大な建造物ー砂上の楼閣を創りあげる。
これは幸福教の布教にすぎないまやかしである。
幸福そのものが虚妄なのではない。
幸福そのものが、じつはあまりにも高いところに位置する。
幸福が安直に手に入ると思う事が、虚妄なのである。
各人の幸福は自分の五感で探すしかない。
そしてヤコブが砂漠で神と格闘したように、全身全霊でみずからの
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01月06日(火)
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