ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7827,閑話小題 〜ビッグ・フィッシュ
あんなものではない。それぞれ独自の価値観を持って振り回されない人が殆ど。
この一連の経験から見えたのは、それぞれ独自の価値観の質の格差。
その視点の質は、隠せないようだ。
・・・・・・
6002,「死ぬまでは苦しまなくちゃ」の覚悟
2017年08月21日(月)
ー 「世間の捨て方」ひろさちや著 ―
* 死ぬまでは苦しまなくちゃ
「身内の最期の悶絶を見て、早々の安楽死を望むが、それは現象の問題と
いうことを忘れているのかも」という問いが、内から浮かび上がってきた。
悶絶の末、「もう、いいや」という諦念へのプロセスも最期の最期には…
考えさせられる。還暦、古希を過ぎた人には、その覚悟は出来ている?
≪ 森鴎外の次女の小堀杏奴が、こんなことを書いてました。
鴎外の長女莉莉と次男不律が同時に百日咳にかかったときのことです。
生後半年の次男が死んで、長女も危篤になり高熱が出て、あまりに可哀そうで
見ていられないと言って、医者は「モルヒネを打ちましょうか」と提案をし、
安楽死をさせようとした。すると、医者であった鴎外は「自分もそう思う」と
同意し、奥さんも賛成、まさに注射を打とうとする時、奥さんの御父さんが
やってきて、その場面をみて、こう怒鳴ったという。
「馬鹿もの!何をやってんだ。人間はそんなに苦しかって、死ぬまで苦しまな
ければいけないのだ」 その一言で長女の命が助かりました。
鴎外はお義父さんに完璧なまでにやられました。でも、「俺も医者として
言いたい」と思ったのでしょう。その数年後に、安楽死の問題を取扱った
『高瀬舟』を書いてます。…≫
―
▼ ハッとする問題の提示である。私は常日頃から、
<駄目だとしたら、早々に「モルヒネ」を打って安楽死をして欲しい>
と家内に言っている。子供のケースとは、前提が全く違う。しかし、
「余命3ヶ月・半年」と宣言され、死ぬまでの間、これまで生きてきた
エネルギーを使って悶絶する?のだろうが、鴎外の義父の言った「人間は
どんなに苦したって、死ぬまでは苦しまなければいけないのだ」の言葉が
杖になる? 人生経験を味わい尽くした老人なればこその言葉である。
「どんなに苦しくとも生きろ」という人の基本である。宗教心を持つ人間に
とって当り前のことだが。神様に頂いた命。苦しいときは苦しいまま生きる
ものだという真理を忘れ、どうしたら楽になれるかを追求しがちなのが人間。
しかし、「せっかく頂いた命を面白おかしく生きる」のことも大事である。
死んだ瞬間、元もと無かったのと同じことになるのだから。
08月21日(日)
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