ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7701,閑話小題 〜実質、ロシアの敗け
リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。
そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに
止め、衣料品店に転業をした。
そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、
近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築した。
個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか?その記憶が一つ一つ
記憶として残っている。人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの
大手通のビルの立ち上げから、店の開店、そしてそこで起こった悲喜交々も日々。
本当に刺激的な日々だった。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ
・・・・・・
6225,閑話小題 〜贋作の世界 −1
2018年03月30日(金)
「ピカソになりきった男 」ギィ・リブ (著),
* 贋作の世界
「開運!なんでも鑑定団」は常日頃、見ている。殆どが録画だが、骨董などの
お宝の真贋と、値段の鑑定である。 特に借金の形に…、持っているお宝と交換
などに贋作が多い。その贋作専門の世界を知りたくなり、AmazonのHP内で検索
すると、面白そうな本が幾つか出てきた。その中の一冊が、これ!
贋作の世界の奥行きの深さが垣間見られる。逆上せ上った素人が一番の餌食
になることが分かる。相手は詐欺のプロの住人。
〜ネットによる粗筋といえば〜
≪ 本書は、「その朝、俺はピカソだった」ではじまる天才贋作画家ギィ・リブ
の告白手記である。波乱に富んだ彼の生涯は、まるでアラン・ドロンが出てくる
フィルム・ノアールのようだ。贋作画家の前に「天才」との冠が付いたのは、
・ピカソ、ダリ、シャガール、マティス、ルノワール、フジタ等、多数の画家の
贋作を手掛けたこと、
・名画のコピーではなく、画家たちが描いたであろう「新作」を創造したこと、
の2つの理由からであった。 ある美術評論家は、彼の腕前を評して
「ピカソが生きていたら彼を雇っただろう」と証言している。
ギィ・リブはフランス中部リヨンの娼館で生まれた。父親は殺人犯、母親は
占い師の家庭で育ったが、少年期に家を出てリヨンの暗黒街で不良少年として
路上生活を経験。20歳の頃には天賦の才能を独学で磨き、水彩画で生活できる
ようになるが、その才能に目を付けられて贋作ビジネスに取込まれてしまう。
それ以来、2005年に逮捕されるまで30年間を贋作画家として過ごした。
ギィ・リブが贋作を制作する過程が興味深い。ピカソ、ダリ、マティスに彼は
なりきるのである。そのためにギィ・リブは何日間もかけて専門書を読み、試作
を繰返した。画家が、いつ、なぜ、どのように作品をつくり、いかなる精神状態
であったのか。画家のすべてを理解してから制作に取り掛かった。つまり、
ピカソがギィ・リブにまるで憑依しているような状態で彼は絵筆をとっていた。
それが彼にとっての創作活動であり、贋作が本物と認められることに彼は無上の
喜びを感じていた。そして、描き終るたびに用いた資料一切を廃棄し、本来の
自分に還っていった。
03月30日(水)
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