ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394162hit]
■4181, 呪いの時代 ー1
この過程のどこに「私」はいるのか考えてみようと提起している。望みが叶わないといって絶望や諦めを恐れる必要はない。
人の心は絶望や諦めを超えることで、孤独の中の本当の自分と出合い、自分が何を望んでいたのか、欲求の全体構造を明らかにする。
そして、その先にある新たな希望へと導く。挫折から、諦め、そして孤独の底から、新しい自分に出合い、新たな希望を創っていく
中から、真の楽しみ方を見出していくのである。何を考えても埒があかない。どう望んでも解決が見えない。
そんなときには、一度すべての欲求から離れるしかない。自分の心、身体、他人や環境のあらゆるものから離れて、
濁流や、澱みや流れの全体を見渡せる場所に自分を置く。そこで自分を作り直す。そこで、もう一人の自分に自分に出会う。
我われがあらゆる欲求から離れることができるとすれば、それは時間が止まったときだけだ。 時間は二つの場合に止まる。
絶望の中と、満足の中で。欲と向き合う、そして自分を満たして、自分から離れる
< 諦めて得た楽しみ >
追いつめられて見つけたもの、孤独と正面から向き合って心の安らぎを得ることである。それは、世間的な色・金・名誉を断念することで
初めて可能になった心の安らぎ。その引き換えに諦めを得たのである。 諦めは怒りへの固執を解く。諦めは生まれてから長く
慣れ親しんできた自分の外界の世界への固執も解く。もう、表象の欲に振り回されることもなく、静かに居られる場所を持ったのである。
人の精神が新しい世界に飛躍する時は、静粛に一度立ち戻らなくてはならない。静粛の中で起こることは、古い欲求構造の破壊と
新しい欲求の誕生である。
ー 雅ー欲を楽しむという意味
(以下、字数の関係でカット08年9月6日)
09月06日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る