ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4041, 世界の旅行記101 ー2
これを実行して10日が経つ。 三日坊主と思っていたが、今もしっかりと続いている。
始めたら面白いのだ。一番面倒で避けたい思考が面白いのだから、大変な習慣であり収穫である。
この歳で色いろのことが解り始めている、この鈍さも実感する。 ポイントは
・初めに漫画を中央に小さく書き込み、 ・それに、漫画の「声の噴出し」を書いてしまう。
・そして漫画の上にテーマを書きこむ。 ・「噴出し」に思いついたことを気楽に書き込んでいく。
漫画の人形を書いたケースの場合、自分の分身と思ってしまう為か、頭の中から色いろなことが浮かび上がってくる。
「半分遊び気分で問題の追及」を、結果としてしてしまう。「左手を上に挙げ、右手を腰に当てている小さな人間の絵を
中央に描いて、左右に三づつ声の噴出しを書き込む」と、どういう訳か難しい問題でも、気楽に考えられるのだ。
読書法で10?100倍の速度が可能という本が多く出版されている。 私の場合、その方法を身につけて10倍以上の
読書力になった。それもこの1^2年である。しかし、「一日一図」を始めてわずか10日で、10倍の思考力が増えた?ようだ。
その程度の頭脳でしかないのが、事実だ。以前から天才のノート法とかいう本を読んで、色いろ工夫していたが「毎日一図の習慣と、
漫画を中心に描いてから、埋める方法」がよい 随想日記を書き始めて、文章力と文章量はそれまでの十倍に増加。そうすると、
「読書力と文章力と思考力」がこの数年で10倍になったことになるが、集中力がそれだけ増えた事は間違いない。
これらの方法は過去からいくらでも在ったのだから、今になってやっと気づいたに過ぎない。
この随想日記を続けてきたことが、こういうノウハウを身につかせているのだろう!
・・・・・・・
2002年04月18日(木)
380, 姉正子さん
姉正子が亡くなって2ヶ月すこし経つ。去年の6月に来て,3時間半なにを話したか? 大体がこんな内容であった。
・自分の生い立ちー声楽のコンクールで、中沢桂に高校時に負けたことが一生の分岐点であった
・高校しかいけなかったハンデキャップが一生ついてまわったこと
・倒産時に私に助けてもらったのが、地獄に仏であった
・今回自分はセンガンでないが、主治医がセンガンと書いてくれた為、保険が全額降りた。
・いつもこの家に来ると、肩に重い何かが被さるが今回はないのが不思議だ
・両親の思い出、今までの思い出
・なにがあっても自分は生きぬくーEM菌を飲んでいるので順調
・病気の状態ー入院の後先の話 彼女にとって、「もしかしたらこれが最後の実家帰り」という気持ちがあったのだろう。
彼女にとってここは(自宅)やはり実家なのだ。 この内容から私なりの彼女の心理分析をすると
・この長岡の街で、この世界を出ることができなかった一生であった。
・やはりやってはいけない事?をしてしまった無念、後悔。
・両親に対する恨みと、反面後悔。
・病気の恐怖に対しての自分の気持ちの説得ー自己詭弁
一昨年の手術の前日の20時過ぎか電話が鳴り、「実は自分は肺がんで明日手術。最後の電話をやはり貴方に電話をしてしまった。
これからお風呂に入って身体を清め、手術に臨む。もしものことがあるかもしれない。いろいろ有難う。」
ー私「もし間違えてあの世に行ったら、両親によろしく。それとうまくやって。」
ー正子「仲良くするし、待ってるからね」 だいたいこんなものだった。 面白い人でもあった。
04月18日(水)
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