ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4028, シングルイン、31年間の総括 ー8
もし悪意があるなら、忘れ物を2両でも探したら一年に一度は何かに行き当たるだろう。 考えること自体が卑しいことだ。
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2003年04月05日(土)
731, 前提を疑ってかかるという事
「縦社会の人間関係」
「縦社会の人間関係」という中根千枝の本を学生時代のゼミで読まされ、それに対する議論をした事を思い出した。
ー要旨はー
「日本社会は蛸壺のように縦社会になっている。これは島国特有の社会であると同時に、江戸時代の藩体制がそれぞれの
縦社会をつくった。西欧社会はそれに対して資格社会であり、横社会である」であった。日本社会の人間関係は、
個人主義・契約精神の根づいた欧米とは、大きな相違をみせている。「場」を強調し「ウチ」「ソト」を強く意識する
日本的社会構造にはどのような条件が考えられるか。 「単一社会の理論」によりその本質をとらえている。
日本社会の人間関係は、個人主義・契約精神の根づいた欧米とは、大きな相違をみせているー等々である。
なるほどそのとおりであると納得したが、そこで問題にしていたのがその縦社会という視点そのものが、
はたして正しいのだろうかという提示であった。「何々それってどういうことなんだ??」私が考えていたのは、
それぞれの部分の成否でしかなかったのだ。根底ー前提から、それがはたして正しいかどうかを疑う姿勢こそ科学の第一歩である。
日本社会こそ「横社会ではないだろうか?」という仮説である。逆に資格社会ー横社会であるという仮説をたてると、
縦社会と同じように説得力があるのだ。「士農工商」という身分社会が大きく社会に残っている日本こそ、縦社会でなく
横社会ともいえるのではないだろうか。その中でも殿様,家老、老中などそれぞれの階級があった。
そしてその資格は日本のどこでも通用するものであった。インドのカースト制度は5百数十種類の身分が細かく決められている。
横社会そのものだが、個々の立場に立てば縦社会といえる。この時に、なるほど前提を盲信してしまう自分の無知の限界を
初めて知った。 常に前提を疑ってみる必要性をこの時より身につけた時だった。
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2002年04月05日(金)
367,「携帯TV電話」は究極の情報機器。
5年前、マスコミで聞いた内容である。それが今年から始まったのである。「携帯電話」が我々の生活を劇的に変えた。
いや社会を変えてしまった。空間の溝を取り払ってしまった。それ以上に「携帯TV電話」が社会のありようを変えてしまうだろう。
これにそれぞれの場所にカメラが設置して、それにリンクすれば、一瞬にして世界中の何処でも見ることが可能になる。
現在でもそのサイトが多くある。これにデジタルTVをリンクさせれば、想像を超えた使い方が可能になる。
インターネットを使っていて、こんな時代が来るとは思ってもいなかった。それが更に劇的な「携帯TV電話」が普及する時代とは驚き。
昨日もソニーの出井会長がNHKノインタビュウで、情報機器の進歩により、この10年後は世界が劇的に
変わっていると言っていた。これに期待しすぎて、先行投資で電気メーカが苦境に陥っていることも事実だが。
04月05日(木)
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