ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3981, 閑話小題
686, まれに見るバカ−読書日記−5
ー バカの定義ー
バカの定義をこの本の中から抜粋してみた。
・小谷野敦「バカのための読書術」の中で「当面、哲学とか数学とか、抽象的なことが苦手、というような人のことである」
・勝谷誠彦「バカとの闘い」で、「バカとは人間に与えられた志を追うという能力を捨てて、馬や鹿のように、
本能のまま目先の欲望のためだけに生きている輩をいう」 と書いている。で、何故かくもバカが多くなったかというと
「戦後のアメリカ軍の洗脳教育で、 バカをバカと指摘する美しき日本の風習が否定されたからだ」といっている。
・立花隆「東大生はバカになったか」で基本的知的能力を欠くというのでなく「教育の目的とは現制度の賛美者をつくることでなく、
制度を批判し改善する能力を養う事である」と書いている。 そこでまたー人間、教養がないとどうなるかというと、
幅が狭い近視眼的人間になる。 教養とは、幅広く全体を見る巨視的能力を身につけることをいう。
・吉野敬介「やっぱしおまえはバカじゃない」本当のバカというのは、すべてを要領よくこなし、何ひとつ
本物に行き着けない奴の事をいっている。要領のよさや、要領だけで世渡りのうまさを吹聴するヤツはバカの第一条。
自分だけの小さな規準で満足しているヤツ。これが第二条。
ーー
以上がバカ規準として書いてあった内容だ。 わたしがバカと信じてきたのは吉野敬介にほぼ近い!
「誰もがバカであるから、あまりいわれても気にしない事だ」と気休めを考えているのが一番バカということだ。
「つくづく自分てのは、バカだな~」が結論! ー 終わり
・・・・・・・
2002年02月19日(火)
336,ある時間の断面−2
−1968年8月31日日記帳より
今日雲頓庵(禅寺)に来る。卒論の勉強の為だが、予想どうりのところだ。 早速座禅をくんでみる。
足が痛くなり無我の境地にさほど遠い。しかし現在の自分が求めていたもののヒントを与えてくれそうだ。
ここに慶応大学を卒業して弁護士の試験勉強をしている高橋さんと、立教女学院の短大生が
10人位いる。面白い人ばかりで明日帰ると言う。帳面を忘れてきた。これから当初の目標の計画立てだ。
ー9月1日
朝5時に目が覚める。6時半に起き、早速掃除をする。朝食前に高橋さんと裏山に登ってみる。
たった今鐘の音が聞こえてくる。深夜の鐘もいいものだ。昼、彼女らが帰る、何か寂しい。
昼飯時にこの寺の後見人という人と話す。午後は離れの一室で「流通革命」を100ページと「流通機構の話し」を60ページを
繰り返し読む。勉強の集中力が足りないのがいらだつ。明日より気を入れなおさなくては。夜は10時にうとうとしてしまった。
後記ー独りで夜30分禅堂で座禅をくんでみる。ロマンチックな感がする。 誰も見ていないので自分との闘いだ。
ーーー
捜し物をしていたら「日記帳」が紙袋の底より出てきた。半年分が書いてあった。過去の自分との対面である。
ー2004年02・19日記
もう終わったので、コピーするのを躊躇ったが?
02月18日(土)
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