ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3971, 閑話小題 
個人主義とは、もともと集団的価値よりも個人的価値を上位に置く対集団的な考え方だが、それが個人に向けられた時には、
たった一人のオレ様である。お互いに馬の骨同士「個人」であるがゆえに、お互いの唯一性を尊重することになる。
それが個人主義であり、その領分を守るのが自分ー自らの領分である。利己主義は、自分だけがこの世でたった一人しか
存在しない人間としか認めない。他人と自分の領分も理解できない輩である。以上が「オレ様と馬の骨論」である。
人と話していて驚くことがある、ある二代目が皮肉交じりに「お前は金儲けだけは上手いからな!」と私に言ったことがある。
この言葉の論外に「オレ様の仕事は金儲けでなく、お前ー馬の骨のやっていることは金儲けでしかない」という自惚れの
気持ちがありありであった。「人間とは自分に都合のよいように自分を買い被っている存在に自分で気がついてない」と、
呆れたのを憶えている。この手前勝手さは誰もが、勿論自分も形を変えて基本にある。それがこの馬の骨論で、ずばり書いてあった。
「みんなが大将!というところか。私が怒ると知らずと「あの馬鹿が!」とか、「あの馬鹿どもが!」という言葉が
頭をよぎるが、おれ様という意識がそう言わしめるのだろう。以前「世間様」論を書いたことがあったが、
世間様とは自分の領分をわきまえない集団主義者のことである。いや集団主義というより仲間主義の連中である。
・・・・・・・
2002年02月08日(金)
 325、いまによくなるさ!必ず!
こういう時代だから、この言葉が大事だ!といって、これは手を打っての話だ。「最善をつくして天命を待て」の時の言葉だ!
考えてみたら、心の奥で何時もこう呟いていた。歌に「明日がある、明日がある、明日があるさ・・・」とかいう歌があった。
「明日がある」も似た言葉だ。「何とかなるさ」も同じ意味か。今更、一休和尚の話しをしても仕方がないが敢えてする。
「死んだ後どうにもならなくなったら開けよと、一通の封筒を残して死んだ。そしてどうにもならない時に開けたら(どうにかなるさ!)
と書いてあった」実際今まで生きてきて何とかなってきた。そして良くなってきた。実際起こりうることより、それに対する不安の方が
10倍は大きい事は、誰も経験済みである。海外旅行ほどその段差を実感する。今の悪い状態に対して悲観するのでなくて、
よくなる方策を考え抜き実行すればーーーー「今によくなるさ!」「今の日本はそれをやっているのだろうか?」
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 2月8日 1969年
小林が寮に約束どおりに訪ねてくる。彼と話しているうちに、若さとエネルギーの新鮮さに感化されてしまった。
私の卒論を見せると、構成のいい加減さをつかれる。昨日日以上にショック。一年がかりに書いた卒論も基礎と
基本のいい加減さを見透かされた。自分の為の自分の作文でしかなかったのか。根本からやり直すことは今更むりである。 
先日の反撃をしたかったのだろうが。いま気がついたことは、破ったと信じていた殻から、全く出てなかったことだ。
友人の批判に耐えられないレベルということか。批判者は批判者で気にすることはないが、隙をつかれてしまった。
動揺が一日一日と激しくなる。卒業間近というのに。いや間近だから動揺しているのだ。

02月08日(水)
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