ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3542, 価値観の中心の書き換え −4
 飛行場とか、ツアーで連れて行くショップのブランド物は2〜3年か それ以前の「投げ捨て商品」。 
 その筋のシンジケートから「売価の一〜二割の原価」のしろもの。ハワイの飛行場で確か売上の6割か7割の家賃を
 取っていることで、それが公になった。 その事は20年以上前から、知っていた。 大手の旅行代理店がそれを熟知、
 それで一時は荒稼ぎをしていた。 黄色のエテが群がっている姿は、西欧人の軽蔑の対象だった。
・・・・・・
12月6日 1968年
 朝7時半目覚まし時計がなる。しかし起きることが出来なかった。やっと10時過ぎに起きた。
タクシーで学校へ。11時20分にやっとのことで、食事をしてゼミの「工場見学」に、時間ギリギリで間にあう。
新宿から京王線で府中へいく。NECの工場だ。事業所長の説明後、工場の見学だ。アカデミックな感じがした。
雰囲気が知的で、コンピュータが部屋せましと並んでいた。 16時から、工場所長と人事部長補佐など数名と労務管理に
ついて話し合う。積極的に話したのは、石川・田島・植本君の三人であった。 それに質問者の横井さん以外誰も無口であった。
 18時から腹がすいて苦しかったが、19時に天丼がでる。 19時半に終了。その後マイクロバスで府中へ。
解散後、田島と河村と三人で井の頭公園へ行く。 それから荻窪へ行って、喫茶店で話をする。
 田島がよく話す。彼は先まで一緒だったゼミの石川に腹を立てていた。彼が10月頃から大きく変わったと言った。
彼は「寂しい、ずるい、ゆわい人間だ」と指摘していた。私が感じていることを、そのまま言葉にして田島が言った。
 ゼミの個性派同士の対立というべきだ。大人しい河村も石川を否定したということは、彼はやはり異常と言ってよいのだろう。 
人間性が崩れているというのが共通項であった。自分で墓穴を掘ったのか、それとも自己の創造性を見出したのかは判断できない。
何か話していて、その姿が自分の姿でもあることに気がつく。

12月06日(月)
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