ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3014, 魂とは何か
彼が考えた「不安」は「ああもなれる、こうもなれるという、いろいろな可能性を持っているからこそ、
不安が生まれる」と考えた。そして「不安はたとえてみれば目眩のようなものである。
・・自由がいまや自身の可能性をのぞきこんだとき、めまいがおこるのである」といっている。
若いときは、その意味で多くの自由と可能性があった。その分だけ、大きい不安が自分を支配していた。
そして絶望感に陥っていた。さまざまの可能性を持つからこそ、不安と絶望感があるのだ。
不安感が絶望へのプロセスを生むことになる。 不安から「絶対的な何か」が欠けているという
絶望感に陥ってしまうのだ。「どうしようもならないもんな?」という言葉が出てきて、そして
お決まりの繰り返しの暗い気持を引き込んで絶望の世界に入っていくのだ。
これが、神の前に1人たたずむありかたであり、人間としての基本的な姿としてとらえて「単独者」と呼んだのだ。
真の自分に至ることとは、神と触れ合うことである。しかし、人間はさまざまな現世的価値観の中で生きている。
しかも、その価値観は全て有限なものである。そして有限なるがゆえ不安に襲われ、神と自分との絶対的な距離を感じる。
それが絶望のきっかけとなるとキエルケゴールと考えた。大丈夫という言葉は、ある意味で「神からの言葉」ともいえる。
「ありがとう」という言葉と同格の重要な意味の可能性を含んでいる。
キエルケゴールは、その不安と絶望からくる内面の大きな揺れを(心の中の)「大地震」といっている。
それだけ、この大地震は人間にとって一大事である。最近香港で、生活保護を受けていた人が亡くなったあと、
通帳が発見されたという。そこには、なんと数億あったという。この人は不安感にさい悩まされていたのだろう。
大丈夫と楽観し過ぎて地震や火災から逃げ遅れたり、倒産したり、失業したりして明日の生活に困ることが多いのが人生。
過剰な不安感をあくまで問題にしているから、勘違いをしないことだ。自分自身のことであるが。
・・・・・・・
2003年07月06日(日)
823,ある時間の断片ー30
ー11月2日 1968年
10時起床、食事後12時半まで床屋。13時頃から「早稲田祭」に行く。
14時半頃に帰ってくると深井が部屋に来ている。1時間位話して彼は帰る。
その直後急に頭が痛くなる。 「香港風邪」というやつにかかったらしい。
佐藤君のところに行ってお茶を飲んでいると、佐々木さんから電話で東京駅に迎えにこいとのこと。
でかい荷物だ、やっとのことで寮に運ぶ。その佐々木さんが「明日のバスハイキング」のバスの値段が高いと
苦情をいいにくる。道理からいって、因縁をつけているだけとうことが露骨だ。
今更キャンセルや値下げができるわけがないだろう。幹事ということで言い返せないし、一応先輩だ。
折れることにした。 差額の半額を私が持つことにした。
頭の回転がきかないのか、自分の面子を立てたいのか解らないが。
よく自分で我慢したと驚く。クールに割り切った方が良い。その反動で。孝道を怒鳴りつけてしまった。
佐々木さんに対する怒りと香港風邪で頭がいたいことも含めて、彼にぶつけてしまった。
人間的な含みがまだまだないということか。
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2002年0706
旅行中
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2001年0706
旅行中
07月06日(月)
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