ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2910, 閑話小題
永六輔の「無名人名語録」があるなら、「私の無名人名語録」もあってよいだろうと考えてみた。
・「会社を良くしようと思ったら、よい人間をどんどん入れることだな!ゴミがすぐ浮いてきて、出て行くんだ」
ーあるセミナーの隣席の社長が言っていた。
・「事業で大失敗をするほど、どういうわけかその都度大きくなるんだよな〜」これも事業を立ちあげた社長から聞いた。
・「地方って3流の人物が親の財産をバックにしてさ、一流と思い込んでいる奴が多いだろう。
おれは田舎のプレスリーって奴」。
・本当にあった話だそうだが、もう亡くなった往年の二枚目俳優の田宮二郎がある地方の温泉街を歩いていると、
「田宮二郎一座」という劇場があった。面白がって入ったが途中で腹が立ってきて座長の所に終わってから行った。
文句を言うと、戸籍を出して、田宮二郎が実名ということが解った。
ところがその座長曰く「いいですよ、私の名前をそのままつかっても!」
と逆に言われたそうだ。これこそ無名人?語録である。 変な逸話をおもいだした。
(字数制限の関係でカット2,009年3月)
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2002年03月24日(日)
355、西アフリカ旅行記−2
今回の旅行は西アフリカのコートジボアールとガーナとトーゴとベナンの4カ国を突き抜けるバスツアーであった。
人間の頭に例えると、インド洋が顔、大西洋を後頭部とする。その後頭部にあたります。
1000`と思っていたが実際2000`であった。バスツアーそのものを楽しむものだった。
ほとんど景色は変わらず、淡々とした旅行でもあった。やはり異質性はあった。
東洋人を全く見たことがないようで、彼らの好奇の目に驚かされた。
何処でもそうだが、こういうところは市場が面白い。各地の市場にいったが現地の特性があり生活の匂いがしていい。
彼らは写真を撮られることに、異常に拒否反応を示した。
4カ国を短時間で見て、それぞれの政治情勢が手に取るように解った。
当然のことだが、政治の重要性を感じとることが出来た。
奴隷についても、日本でもありえたのでないか。隣国が海で囲まれていない場合、
戦争捕虜を皆殺しをしないで、隣国に売り払った可能性があった。
戦国時代は負けたほうは、条件をつけない場合は皆殺しであった。
何処がどうという事でなく、トータルで異国情緒を愉しむという旅行であった。
同行者もアフリカのみならず、世界中を行きつくしたツワモノぞろいであった。
私にとって行きたい処の情報の宝庫であった。もう一つの楽しみの同行者がよかった。
何かを背負い、また降ろしてきた人生のツワモノ達でもあった。
こういうところに来る人は、変わった人というより旅行をしているうちに
ここに行き着いたという人が多い。その中で感性が磨かれたものと思われる。
それと初めから何かのきっかけで来ているか、どちらかである。
これから数人具体的に見てきた人を紹介してみる。
03月24日(火)
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