ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2654, 結論で読む人生論
誰もいつか死ぬということ。大宇宙の大きな慈しみに満たされて生かされている
大切な存在という三つにおいて平等だと思うんです。

だから臨死体験をしてつくづく、あの至福の世界が本物で、この世は経ていく世界だっていう感覚があるんです。
やはり人間の本分、ビーイングと、現実社会での自分の役割、ドゥーイングのつながりに意識を向けていかないと
虚しくなっていくのではないかと。人生のテーマを考える時、ビーイングの世界にまなざしを据えてこそ、
充実したものになるのではないでしょうか。
 
ーその臨死体験の講演をまとめてみるー
(字数の関係でカット 2008年7月11日)
 
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2003年07月11日(金)
828, アラスカ旅行記−3

デナリ国立公園ーb
 ーマッキンリー遊覧飛行ー
一度ホテルに帰ってきて、3時間ほど休んだ後にオプションのマッキンリーへの遊覧飛行に参加をしてきた。
230jと少し高いオプションで他のメンバーは誰も行かないが、ここまできて行かないてはない。
「食事抜きのコース」を選択、朝夕食は部屋で近くのスーパーで買ってきた果物や持っていった
食料で食いつなぎ昼はスナックで済ました為に、その分の振り替えと思い、迷わずに参加した。そして大正解であった。

 ホテルまで迎えに来た車で小さな飛行場まで行って、他の白人3人と供にオモチャのようなセスナに乗った。
20分ほどマッキンリー山脈の峰の間をフライトしてマッキンリー山まで行き、
北米大陸最高峰の6194bある山頂を、下から螺旋状に30分もかけ5~6回も旋回をしたのだ。
その雄姿だけでなく、山頂付近の広大な氷河の世界や、どこまでも広がるアラスカの大地が,
この世のものとは思えない景観で、今回の旅行のハイライトであった。
「植村直己もこの風景を見た後亡くなったのだ!」という思いがフト頭をよぎった。
ギアナ高地のテーブルマウンテンの遊覧飛行に匹敵する感動感動の連続。
マッキンリーの山頂に200b?近くまで接近をして、数十の山々を従えて神々しく聳え立つ姿を至近で
みている時間は「至福の時間」であった。思わず『ありがとう』という言葉を口ずさんでいた。
この遊覧で、この旅行の価値が数倍になったといっても過言ではない。

いつも旅行で経験するのが「あと一歩を踏み出すかどうか」である。本当に人生と同じである。
ヨルダンのぺトラに行った時のこと、翌朝疲れきっている中、更にぺトラの奥にある遺跡まで行ってきた。
家内はダウン、早朝に同じグループの元気の良いオバサンと二人、3時間かけて
エド・ディル(修道院)まで行ってきたが、その遺跡とそこからみた景観がまた素晴らしいのだ。
またぺトラの朝日に染まった朱色の輝きが言語に絶するものであった。あと一歩踏み出したお陰であった。

 何事も経験、帰ってきて同じ星野道夫の写真集を見ても、全く違って見えてくる、もちろん文章もである。
特にガイドの伊藤さんが星野道夫の親しい友人で、多くの逸話を多く話してくれたこととアラスカの大地の
この目で見た為だ。  また行蔵のお宝が一つ増えた!ような気分である。

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2002年07月11日
スイス旅行中
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2001年07月11日
北欧旅行中

07月11日(金)
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