ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2648, 座敷童子と出会える宿 −2
・ 死に直面した時“さようなら、たださようなら、さようなら!”
                これこそ、死の苦しみにとらわれない妙薬。
・ 人間は死ぬ事を、ひそかに望んだので戦争をしたのだ。
  自己保存の要求はきわめて強いかもしれないが“死”への欲情はさらに深い。
・ “死の準備”は大別して“自分の心の覚悟”と“自分の愛する者達への配慮”に
  わけられる。死は根本的には“無”である。
 “無”にはいかなる準備のしようがない。“無”になる事に覚悟せよと言ったって、
  いかなる覚悟も“無”であり、“無”になる。死はどうであれ
 “無の世界”=“無”も自覚も存在のない世界へ運び去るのだ。
・ “父母によばれてこの世に遊びに来て、用が済んだら、はいさようなら”(一休和尚)
・ “自分の死”に対して、どれ位時間をかけたか?やっぱりかかった時間と比例します。
 だから死について考え続けるより他にありません。自分の心を明確にする事。
 それをやっていると毎日が濃縮されて、いつ死んでもいいと思う程、充実してきます!
                               (曽野綾子)
・ 死は暗闇ではなく光明と考えられるかどうか、もどって来た人はいないのだから。
・ 他人(ひと)は先、我は後!
・生前、死後には無限の暗黒のひろがり…その暗黒は球状をなしているように幻想され、
 私の死後ばかりか、わたしの生前もぐるっと取りかこんでいるごとくだ。
 丁度、地球儀の或る視点だけが明るくかがやいていて、
 あとはすべて球形の闇だという格好である。向こう側(彼岸・無)よりみれば
 針の尖でついたような、しかしながら、たしかにここに光っているわたしの生、
 それ故にわたしはこの世に有る限り一日一日を大切に遺憾なく生き抜かなくては…
                       (吉野秀雄−やわらかな心)

07月05日(土)
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