ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2515, iMacの感想! −2
ー私よりずっと徹した内容で、人生を半分降りようと決意したという。
・社会的成熟を拒否し、世間体を投げ捨て、どんなに嫌われようと、排除されようと、
いやなことはなるべくしない
・親戚とか友人の冠婚葬祭は一切省く、大学の校務はギリギリ最低限のことしかしない。
−5年前と2年前に亡くなった両親の法事にも一切参加しなかった。
・自分の実感から離れる社会的慣用句(「世間語」)を語る事を完全にやめる。
−感謝してない時は「ありがとう」といわない、心のそこからそう思わない時は
「おめでとう」と言わない。
・あまった膨大の時間、18歳の少年のように「生きるとはどういうことなのかな〜。
まもなく死んでいくとはどういうことなのかな〜」とか考えている。
・楽しいかといえば、全然楽しくはない。むしろすざましく不幸である。
しかし、自分の人生のカタチと諦めている。
先日亡くなった同級生が正反対の世界で、必死に自分を演じていた。
彼の立場は、それが不可能の立場であった。
6年前に考えたのは、「本当に好きな事は何か?」「いやなことは何か?」であった。
・好きな事は秘境旅行、ウォーキング、事業、読書、居酒屋通い、映画、
随想を書くことであった。それと世界をもっと広く深く知ることだ。
・今までの付合いの見直しである。
「世間体に生きている度合いの高い人」は可能な限り寄せ付けない。
勿論、それすら解らない人もだ。
・プレッシャーのかかるセミナーや会合には可能な限り出ない。
それを割り切って一づつ確実に実行する。
そんなことをいったって、不可能だろうし、高慢でないか!と聞こえるかもしれない。
そのとおりかも知れないし、バカなたわごとと解っている。
でも、中島義道氏のようには徹する事は難しいが、少なからず実行している事は事実である。
このホームページを開いてから、誰かとどこかで繋がっている実感が強くなった為に、
更にこの傾向が強くなってしまった。
中島氏のように多くの読者を持っていれば、その姿そのものを共感する見えない
仲間の存在があるから可能になるのだろう。
自分の人生のカタチは自分で創っていくものだ!
・・・・・・・・
2002年02月22日(金)
339,笑う人
ベトナムに行った時に出会ったバスのドライバーという人。
旅行の最中、ほとんど笑いっぱなしであった。あるいは人を笑わせていた。
お笑いの芸人も2種類いるという。
普段の生活の中で「全く笑わない人と、笑いっぱなしの人」と。
その人に「如何してそんなにわらえるのか?」聞いた。
「母親が何時も笑っている人で、その影響だ」という。
職業が「観光バスのドライバー」というから、それに磨きがかかったのだろう。
ハワイに初めて行った時のバスのドライバーが「ポパイにそっくりな顔」をしていた。
そして初めから最後まで運転しながら、ニコニコ鼻声で歌っていた。
こんな陽気な笑いは、かって見たことが無く、ハワイにピッタリであった。
あそこまでは無理としても、訓練すれば半分は可能な筈だ。
土壌と、また特に母親の影響が大きいのだろう。子供は何らかの形で両親の分身なのだ。
会社に毎年新人が何名か入ってくる。研修を終えて恒例の歓迎会が毎年楽しみである。
若い女性が研修から解放され、「純粋な笑いの渦」にその会がなるからだ。
知人の数名もそれを知っていて、招待されるのを待っている。
ちょうどこんな感じである。
ー(^
02月22日(金)
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