ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2437, ファッションを哲学する
 一時凝っていた家内が突然買うのを止めた。その意味が解ったのだろう。
 アジアの黄色人種が身に付ければ、エテコウのお笑い!
 それが旅行を重ねているうちに気づいたようだ。
 飛行場とか、ツアーで連れて行くショップのブランド物は2〜3年か
 それ以前の「投げ捨て商品」。 その筋のシンジケートから
 「 売価の一〜二割の原価」のしろもの。 ハワイの飛行場で確か売上の 
 6割か7割の家賃を取っていることで、それが公になった。
 その事は20年以上前から、知っていた。
 
 大手の旅行代理店がそれを熟知、それで一時は荒稼ぎをしていた。
 黄色のエテが群がっている姿は、西欧人の軽蔑の対象だった。

・・・・・・
12月6日 1968年

朝7時半目覚まし時計がなる。
しかし起きることが出来なかった。やっと10時過ぎに起きた。
タクシーで学校へ。11時20分にやっとのことで、食事をして
ゼミの「工場見学」に、時間ギリギリで間にあう。
新宿から京王線で府中へいく。NECの工場だ。
事業所長の説明後、工場の見学だ。アカデミックな感じがした。
雰囲気が知的で、コンピュータが部屋せましと並んでいた。

16時から、工場所長と人事部長補佐など数名と労務管理について話し合う。
積極的に話したのは、石川・田島・植本君の三人であった。
それに質問者の横井さん以外誰も無口であった。
18時から腹がすいて苦しかったが、19時に天丼がでる。
19時半に終了。その後マイクロバスで府中へ。
解散後、田島と河村と三人で井の頭公園へ行く。
それから荻窪へ行って、喫茶店で話をする。

田島がよく話す。彼は先まで一緒だったゼミの石川に腹を立てていた。
彼が10月頃から大きく変わったと言った。
彼は「寂しい、ずるい、ゆわい人間だ」と指摘していた。
いま私が感じていることを、そのまま言葉にして田島が言ったようだ。

ゼミの個性派同士の対立というべきだ。おとなしい河村も石川を否定したということは、
彼はやはり異常と言ってよいのだろう。人間性が崩れているというのが、共通項であった。
自分で墓穴を掘ったのか、それとも自己の創造性を見出したのかは判断できない。
何か話していて、その姿が自分の姿でもあることに気がつく。

12月06日(木)
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