ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2337, 郵便配達夫シュバルの理想宮  −1
  現地の年配の英国人妻の日本人ガイドの視点よりみる、
  人種間の対立の話を聞くうち、あくまで我々は生活者でなく、
  旅行者(通行人)でしかない事を思い知った。
  まだまだほとんど書けないほど多様な旅行であったが、
  どこに行っても人間の普遍性とそれぞれの文化の多用性、特殊を
  見ることができるのが旅行の最大の収穫でもあった。
                  H 7.10/27〜11/6
H0809 愛と憎しみと価値判断

「“愛”の反対語は“憎しみ”ではなく、“価値判断を下すこと”」
という言葉に接して、その深い含蓄ある意味を私なりに考えてみた。
この事よりまず愛の一面の意味として“価値判断を下ださずに、
1歩さがって見守る”という事になる。

“憎しみ”とは“価値判断を下す事”それより生じる壁を相手との間につくる事、
それはとりもなおさず自分の壁をつくる事につながる。
そしてそれはその壁を越えてくる(相手)、事象の拒否感情といえるのではないか。
この壁の内側は長い間の価値判断のくり返しにより、ますます卑小化していく。
そしてマイナス思考回路の習慣化と、その結果としての病気の誘発を供う。

価値判断を下さない事はそれでは可能なのだろうか!?
という疑問も残るが、対象を“あるがままの姿でみる
(きれいとみるでなく、きたないとみるのではなく、そのままみる目)が必要となる。

H0811  人生の楽しみ方

遊びの定義とは“自分の好きな事をして、それを楽しむ”というらしい。
人生五十年の実感として全く苦労した感が少ないのは、自分で目標をたて、
そのプロセスを楽しんだ為とハタッと思った。

 もっとも“自分の目標をたて、それを楽しむ”までの準備期間と、
そのエネルギ−は大変であったが。両親がこの達人であった。
仕事も趣味も本当に楽しみつくしていた。
“お金”とは楽しみの滓と父は常々いっていた。
母もありとあらゆる趣味を持っていた。そのほとんどが一流の域に達していた。

 そのポイントを聞いた事があるが、“好きになれるかどうか、
そして自分のモノになれるかどうか始める前に見きわめる事、
そして手をつけたら死んでもその域にいくまであきらめない。
そしてライバルをみつけて、その人についていく事”という。

 何事も遊びにまで昇華していく事がその主旨のようだ。
制約等でワクをはめられて“好きな事”ができないなら、“好きになる事”だ。
好きになれないのは自分の“主観”の固さでしかない。ある新興の大手企業で社是として
“おもしろ、おかしく”にしているのを知って驚いたが、単純だが奥ゆきの深さを感じる

08月27日(月)
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