ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2294, ハニカミ王子に、ハンカチ王子って何?
もう一度この世界から歩き出したかった。切実に、誠実にその世界を創りあげたかった。

うつ病による罪業妄想と言ってしまえばそれまでだが、末期の癌患者さんたちを看取ることの
多い生活をしてきた私は夜ごとに 亡くなった人たちの顔を思い出し、彼、彼女たちの訴えの
十分の一も理解できていなかったことを悔い、ひたすら詫びた。

悪夢で深夜に目覚めるたびに「天罰」という言葉が天井から降ってきた。
書くことで供養ができるなら……そんな想いを先祖の霊を守る老婆に託た。
記憶に刻まれた人や風景を寄せ集め、仮想の村、集落を創り、それらを忠実に描写して
いったら一つのおとぎ話ができあがった。

この物語を誰よりも読みたかったのは私自身なのだった。完成したとき、
これが小説たりえているのかどうか判断できなかったからとにかく編集者に送り、
大丈夫ですよ、の回答をもらって安堵のため息を何度もついた。
 
 しかし、ある新聞に載った文芸時評では、その内容の甘さをこっぴどく批判された。
そんなにひどいことを書くならなんでこれほど大きく時評に取り上げるんだよ、
と涙ぐみつつ送られてきた新聞を庭の隅の焼却炉で燃やした。
ものを書くことを仕事にしてから、他者が私の作品について評した文章を燃やすのは
初めてだったが、いかにも後味の悪い体験だった。
 
 都会の病院勤務で心を病んだ女医が小説家である夫のふるさとの村で癒されてゆく。
たしかに安易と言われればそれまでのプロットだが、そのころの私には企んだ小説を
書ける余力がなかった。細部をていねいに書き込むことしかできなかった。

『阿弥陀堂だより』には私の存在の世話をしてくれた人たち、底上げされた
私のいたらなさを口に出して責めぬまま静かに逝った人たち、そして、ただの存在に
もどった私の目に映った自然の生なましさなどが詰め込まれている。
甘く書くしかなかった酷薄な事実が隠されている。

書きあげ、本になった時点でこれらのものはすべて本のなかに大事に封印した。 
表紙の阿弥陀堂の戸はしっかり閉じている。
そうすることでなんとか今日まで生きてこられた。
少なくともいまのところこの封印を解くつもりはない。
他者の解釈を観たり聞いたりする勇気もない。
 
・・・・・・・・・
2002年07月15日(月)
457,スイス旅行記ー2
ーマッタホルンの凧揚げー

マッターホルンで凧揚げた!といっても、他人の凧揚げの紐を一時も持っただけだ。
マッターホルンを近くに見る展望台の横の小高い丘で写真を撮っていると、
突然ある中年の夫婦が小さな凧を二つ取り出し、揚げはじめた。

家内と登山列車の隣席で話をしてきたという他のグループの夫妻。
その写真を撮って欲しいと頼まれた。
そこで「是非自分も記念で凧揚げしてみたい」とお願いすると、
気持ちよく私らに貸してくれただけの話だ。

それでも揚げたことに間違いはない!貴重な体験だった。
それにしても色々のことを考えるものだが、その情報を持っていたら
私も凧を買っていったに違いない!ーこれも情報なのだろう。
今度からは、大自然のツアーには凧を必ず持っていくつもりだ。

キリマンジェロやタンザニヤのセレンゲッテーの凧揚げなど最高だろう。
10個ぐらい持っていき、現地の人にあげるのも喜ばれるだろう。
その凧は横15cm、縦25cmぐらいの小さなモノだったが、
風に乗りどんどん高く舞いあがった。
おそらく西洋凧ではないかと思われるが、玩具屋で捜す楽しみがまた増えた。

いろいろ楽しい!!
・・・・・・・・
2001年07月15日
 ー旅行中

07月15日(日)
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