ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2140, 幸福はキラキラと輝く瞬間
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2002年02月11日(月)
328,マ〜コ
−堀井正子に捧げる
マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)
姉・正子の幼少年期に呼んでいたニックネームである。
彼女の話である。
ー供養も含めて書く。
「声楽家になりたかった」が口癖であった。
「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
プロのソプラノ歌手の「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが
人生の分かれ目になった。
兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。
家族の間に立ち、気苦労をした一生だった。
長岡社会から一歩も出たことがなく、
その卑小性・特異性を全く自覚できないのが特性であった。
「城下町の特性」をそのまま価値観にして生きた。
性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている
可愛い人」でもあった。
常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、
全神経を使っていた。
その面では母に似ていた。
「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。
独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。
人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。
もって生まれた才能であろう。
後半ー40歳過ぎは事業で失敗。
それからは音楽の先生として、200人を越える弟子がいたとか。
好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。
おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を
演じているのだろう。
安らかにお休みください!
さようなら。
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2月11日 1969年
14日の最終コンパの件で河村、石川、田口君のところへ電話をいれる。
あと武澤先生に電話をする。
現在の自分は混乱をしている。 今を支えるのに精一杯である。
特に今年に入って色いろあったが、この数日その反動がきている。
あまりに激しい一日一日の刺激的な日が続いた。
振り返ってみると、この二年間は自分の人生とって大きな分岐点の年になった。
それまでの20年分を圧縮した二年間だった。
02月11日(日)
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