ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1989, 地元・中堅企業が二社倒産
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。

そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。

そして帰路にたちよったベトウィンの部落。
そして、そこで飲んだ紅茶。

“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、
キリストが死んだ四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員の
ユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。
ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。
壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。

−イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が
でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。

あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で一大転機
の経験となるのではないだろうか。
旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】

この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。

六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。

男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、
国を守る為のものというのがはっきりしているからである。

今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。
[1999.4.14〜4.24 -ryokou ]

09月13日(水)
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