ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1778, ライブドア問題の深層
主張する。二回否定するする奴もまたバカだという説を聞いたことがないから、
これでわたしは非バカは証明された、と納得していただきたい。

50年も生きていると、さまざまなバカに遭遇するものである。
だが、幸いなことに、バカのかたまりという全身バカには意外と出会わなかった。
そこそこのバカ、「折々のバカ」、時々発症する季節バカには随分とであったが。
わたしもかってはその一員っであることはあったが(30歳まで)。
しかし広く世の中を見渡してみると、感動的なことに、正真正銘のバカは
やはりいるものだ。長ずるにつれて、全身バカも少なからず存在するものだ、
ということがわかった。

本書は、そのようなまれに見るバカ(だけでない)の生態に関する物語である。

                 ーつづく
新書
著者: 勢古浩爾
出版社:洋泉社
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2002年02月14日(木)
331,、お見舞いの手紙−堀井正子さんへ

お見舞い申し上げます。
どう見舞ったらよいか?私の仕方で最善と考えてこの本
(フランクルの<生きる意味について>)を贈ります。
非常に深い内容のある本です。
今度の貴女の病、あなた自身にコペルニクス的大転換
(人生に何を要求するかより、人生そのものが貴方になにを求めるか?)
の問いの大転換のチャンスです。
この本を読んでいるうちに、何かが見えてくるのではないでしょうか。
<過去の総てを肯定し、容認すべし>

父が死を目前にした時「もう一度、同じ人生を・・」と言っていました。
これは非常に深い言葉だったと思います。
それも知識より触発された言葉でなく「苦しみの底より掴んだ言葉」
だからこそ父のこの言葉を素晴らしいと思います。

貴女の場合
「池津屋とともに生き、そしてそこを去り倒産、そして音楽の先生
という人生」はそのまま安穏とした人生より、はるかによかったという見方です。
自分の人生の総てを肯定する見方です。

この数年父の心境が判りかけています。
「社会的自分を一度すてて、真なる自分」を今一度じっくり見つめ直す時期です。
「過去の総てを肯定する視点をもつべし」これは私が言った言葉でなく
フランクルがいっている言葉です。
神が一日だけ、この世の中にある人を呼び戻したそうです。
総てが光輝いて見えたそうです。

娑婆の人間に「何故それが見えないのか?」
「どうでもよいこと、娑婆の表象」に流されているからだと思います。
そのゴミの中で生きているからです。
それを餌の種にしているからです。
  これを機会に真実に生きてください!
    ご自愛のほど!
             ー魂の言葉ー
           2000年11月30日
       ー 八郎
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2月14日 金曜日 1969年

10時起床。
17時に、池袋の松山寿司で行われるゼミの「我々の追い出しコンパ」に
出席をする。和やかな時間を過ごすが、石川と雲行きが怪しくなった。
同期の田島も出席をしていた。
卒論を出せなかったのでやめたといっていたが、やはり寂しそうな顔をして
いた。武澤先生と話をしながら泣いていたようだ。

私も気が緩んだのか、好き放題のことを先生に言ってしまった。
そんなことを言えた柄でもないのに。
先生の最後の贈る歌が感動的であった。
三年生からの贈り物で電気スタンドをもらう。

武澤ゼミに入って本当によかった。
自己疎外に陥り、反発も感じ、苦しんだ。
しかし、それもゼミに対する私自身の能力不足が原因である。
これだけの思い出を、このゼミに入ったおかげで得ることができたのは
青春の財産になる。
本当によかった!

その後、2次会で私が幹事をする。
そこで先生の前に座り込んでクダをまく。
先生に見得を切ったのだ。
バカもいいところだ。

最後の最後、石川と殴り合いをしてしまった。
どういうことか、過去に一度も乱れたことのない自分が

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02月14日(火)
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