ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7798,閑話小題 〜私は幸せ…を口癖に!
まだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の好さな
ものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった
新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には
先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに
帰宅する亭主を待つ。≫
▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、
時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため食事をしていた。
そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、
腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。
人間は精神的空腹感も同じように必要か!青年期の精神的渇望感が懐かしい。
・・・・・・
5227,「エリック・ホッファー自伝」 〜D『適応しえぬ者たち』
2015年07月07日(火)
「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
* 適応しえぬ者たち
「季節労働者キャンプにいることが何を意味しているのかがわかった。
ここにいるわれわれはゴミの集まりなのだ、と。」
誰が好んで、ここに居るものか、社会に適応できぬ者たちが、ここにいる。
まあ、シビアである。 私の社会生活、アウトサイダーと自認していても、
適応できないだけかも、 〜その辺りから〜
≪ ―開拓者としての放浪者?―ば かげた考えのように思えた。しかし、
白い砂漠を横切って歩いている間中、この着想について思いをめぐらせていた。
開拓者とは何者だったのか。家を捨て荒野に向かった者たちとは誰だったのか。
人間はめったに居心地のよい場所を離れることはないし、進んで困難を求める
こともない。財をなした者は腰を落ち着ける。居場所を変えることは、痛みを
伴う困難な行動だ。それでは、誰が未開の荒野へ向かったのか。明らかに財を
なしていなかった者、つまり破産者や貧民。有能ではあるが、あまりにも衝動的
で日常の仕事に耐え切れなかった者。飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなど
の欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。そして、このほかに
冒険を求める少数の若者や中年が含まれる。おそらく現在、季節労働者や放浪者
に落ちぶれた者と同じタイプの人間が、一昔前は開拓者の大部分を占めていた
のだろう。新しい国への移住はほとんど例外なく、これに妥当する。
オーストラリア移住の前衛を占めたのは元受刑者だったし、シベリアに定住
したのは流罪者や囚人だった。アメリカで初期と後期の移住者は失敗者や逃亡者、
重犯罪人だったし、宗教的情熱に突き動かされた開拓者だけが例外である。
ともかく、この放浪者と開拓者の親縁性の発見は、私の心を強く捉えた。
それから何年もの間この発見、表面的には放浪者にも開拓者にも関係ない考察と
絡みあい続け、それまで関心を抱くことがなかったテーマについて考えるよう、
私を導いたのである。そして、人間の独自性とは何かという根本的な問題に
突き当たったのだ。
人間という種においては、他の生物とは対称的に、弱者が生き残るだけでなく、
時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きもの
を選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。
弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりも遥かに強いエネルギーを放出する。
明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。
弱者の影響力に腐敗や大敗をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・ローレンス
のような人たちは、重要な点を見過ごしている。 弱者が演じる特別な役割こそが、
人類に独自性を与えているのだ。われわれは人間の運命を形作るうえで弱者が
支配的な役割を果たしているという事実を、自然的本能や生存に不可欠な衝動
からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく
出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならない。≫
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07月07日(木)
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