ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7435,閑話小題 〜大谷翔平の心身統一法とは
使う医療費の半分が、死の直前の二ヶ月に使われる!」という報告がある。
だから、医療側からすると、可能な限り生かしておいて方が良いことになる。
生かしておいて拷問の苦しみを与え、その治療費を膨大に絞るとる末恐ろしい
現実が、そこにある。末期ガンは、どのみち助からない。だったら死をサポート
する医療があるべきである。これでは入院前に、青酸カリか、致死量の睡眠薬を
準備をしておくべきと、考えてしまう。そう簡単には、死ねないのである。
良くも悪しくも死ぬまでは生きている。死ぬのは挫折でも、何でもない。
目出度いことなに、何で延命をするか、それが利益のためなら、
犯罪的システムではないか。
・・・・・・
5850,物語で経験する「生老病死」
2017年03月22日(水)
<老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
* 経験の4つの形と、物語化
経験の意味を、ここで理解しやすく紹介している。 〜P/18
≪ 本屋大賞や吉川英治文学新人賞などを受賞した冲方丁が『天地明察』で、
「人間は経験したことがないものを、理解できない」としてうえで、経験には
4つの形があると言います。
【人間は、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の5感で直接的経験をする。
生きていくうえで、それだけに足りず、他者の経験による間接的経験に
依存する。しかし、誰にも実証は不可能な神話的、宇宙的な経験をする。
こういた3つの経験をもとに万人に伝える形にするのが第四の経験、いわゆる
物語です。物語は架空にあるにかかわらず、時には社会を動かすような力を
発揮します。】
つまり、物語を読むことが‘経験’になるというのです。
言われてみれば、私たちは『三国志』で、中国の後漢時代を、『戦争と平和』で
帝政ロシア時代を、『竜馬がゆく』で日本の幕末期を経験した。それは世界史や
日本史の資料や知識では決して得られなかったはずです。
批評の神様の小林秀雄の同じようか言葉に出逢いました。
「経験という言葉は西洋の言葉だが、誰も合理的な経験なんてしません。
ナマの経験の意味というのは、各自みんな自覚しえないものです。みんな、
自分の経験に対しては支離滅裂なことしかわからない。そこで創作という形式が
必要になる」というのです。これを逆に捉えると、創作という形式の物語によって
初めて、合理的な‘経験’が得られるということでしょう。≫
――
▼ 16年続けてきた、このテーマ日記は、毎日の読書や体験をテーマを元に、
物語化の創作をしていることになる。事業人生45年をテーマに、50回以上に
わたって書いたのも支離滅裂で行き当たりばったりの転職、転業を、尤もらしく
文章化をすることで、合理的経験として修練したに過ぎない。人生など、所詮、
その程度のことでしかない。それぞれの人にとっての物語化の方法がある。
散歩の最中、頭に浮かぶ雑念を、物語化するとか、旅行に出て、日常に溺れて
いる自分を見つめ直すのも一人語りの物語化になる。そのためには独りの場が
必要になる。毎日、TVで楽しんでいる映画とドラマも、その物語を経験をして
いることになる。だから、やみ雲にみないことだが… 著者は、現在進行形の
「生老病死」の「老」を‘経験’するために、小説などにある「老い」を訪ねる
という奇妙な構図の物語なら、面白、可笑しく、哀しく共感する内容である。
山の麓から見ていた「老い」の雲に、一歩踏み込んだ霧の中で、一日一日、
「老」と「死」の何たることかを問うている道先案内人の言葉は、重く響き
わたってくる。還暦、古希を過ぎ、霧は晴れたり、濃霧になったりである。
前をみれば、日々、人数が減り、横をみれば、バタリバタリと…
生きている限りは、他人はお先! である。
・・・・・・
4388, 「うつ」かもしれない ー3
2013年03月22日(金)
* ウツの治療 ー「うつ」かもしれないー
死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
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06月23日(水)
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