ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7157,閑話小題 〜されど…話題は尽きず!
を持ち読み続けてから、その感覚が薄れてしまった。特にカントを知り、
何度も読み込むうち、霊の正体が理屈で分かりかけてきた。私はカレーを食べる
と汗が人一倍出る。そのためカレーをイメージしただけで汗が出たり、カレーの
臭いさえしてくる。これは、嗅覚がカレーの言葉に刺激されるからである。
それと、あなたが見える幽霊に似ている。そこに幽霊がいるのではなく、
貴方の中にある幽霊の刷り込みの感覚が働くためである。 それが分かると、
シックス・センスは、その入り口で遮断される。人間の脳は、生物が20億年
かけた生命の歴史が刻まれている。 霊も、その類である。》であった。
霊に関しては、そんな簡単に言い切れるものではない。過去を振り返ると
分かることだが、我々は共同幻想の中にある。人生は幻想の中で浮遊していて
いるだけ。見える人には見えて、見えない人には見えない。そう見えるも
脳の悪戯? ふと考えついたのが「目覚めた状態で見える夢」という言葉。
そうすると、やはり幻覚、幻想になる。 カラオケスナックは、酒で脳を麻痺
させ、映像と歌謡曲で幻想の世界を作り上げる場所。 映画館も、小説も同じ。
たまたま、二年前の同月同日に「生きる幻想 死ぬ幻想−2」を書いていた。
・・・・・・
4223, 神は妄想である ー4
2012年10月18日(木)
神は妄想である ー4
* パスカルの賭け ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著
学生時代に読んだパンセの「パスカルの賭け」を読んだとき、いやに納得した
ことを憶えている。と同時に「裸の王様の真の姿に目をつぶって黙っていた方
が得」という、いかがわしさも感じとった。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教
の文明の対立が激しくなる中、無神論も、堂々と主張すべき時期に来ている。
パスカルの賭けも、あまり語られてないが、当然。 ーその辺を抜粋ー
≪ 仏の偉大な数学者ブレーズ・パスカルは、神が存在するという確率がどんな
に小さくとも、神の有無について間違った推測をしたときの報いには、かなり
大きな非対称性が存在すると考えた。< あなたは神を信じた方がいい、
なぜなら、もしあなたが正しければ永遠の幸福という利益を得るが、間違って
いたとしても、いずれにせよ失うものはないだろう。それに対して、もし
あなたが神を信じないとして、それがまちがっていることが判明すれば、
あなたは永遠の苦しみを得ることになるが、正しかったとしても、何の利得
もない。悩む必要がないのは明らかだ。神を信じなさい。 >である。
けれども、この論証には、はっきりとおかしいところがある。信じるという
のは政治問題とは違って、あなたがどうするか決定できるものではない。
少なくともそれは、自分の意志で決定できるようなものでも、自分の意志で決定
できるようなものではない。私は教会へ行くかどうかを決定できる。
私はニカイア信条を唱えるかどうかを決定できるし、聖書に手を載せて、そこに
書かれているすべての言葉を信じると宣誓するという決定をすることができる。
しかし、これらの行為のどれ一つとして、私が信じていないものを実際に信じ
させることはできない。‘パスカルの賭けは、神を信じているふりをするための
論証でしかありえない’。そして、あなたが信じると主張する神は全知という類
の存在ではない方がいいだろう。さもなければ、神はその偽装を見抜いてしまう
だろうから。「何を信じるか」ということが自分で決定できるものだという馬鹿
げた考えは、ダグラス・アダムズの『ダーク・ジェントリーの全体論的秘密探偵社』
において、みごとにからかわれている。そこにロボットの電子僧侶が登場するが、
それは「あなたにかわって物事を信じてくれる」、労働節約型の装置である。
宣伝によれば、デラックス型は、「ソルトレイク・シティ[モルモン教の本拠地」
では信じないようなことを信じさせることができる」というふれ込みの商品だ。
しかしいずれにしてもなぜ私たちは、「神を喜ばせたいならば、しなければ
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10月18日(日)
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