ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7145,映画評論 〜『浅田家』 ―2 家族写真、あれこれ!
その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、
その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。
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山折: 砂漠の民は、考え抜いて手段を発見しないと死滅してしまう。
風土に圧倒されてしまう。我々は何も考えなくとも、豊かに生活
しているわけです。森と川、森の幸と、川の幸、これだけ恵まれて
いるのは世界でも日本だけ。ものを考える必要が無い。
五味: 翻って、生き抜くための精神力みたいな意味での宗教と、ぼんやり
している時に出てくる宗教とは、似て非なるものですか。
山折: 一神教というのは「信じる宗教」、天上の彼方に永遠の絶対神が
存在するかしないか、それを信じるか信じないかが決定的な問題。
だけど、我々の豊かな自然界が存在する世界では、そこに身をひたし、
自然に共感していけば、充分に救われる。僕は、「感ズル宗教」と
言っている。
五味: そんなことを言っていたら、砂漠では死んでしまう。
山折: ものを考える必要がない。だから感じていればいいわけ。
ー
▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。
その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人を
神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、
エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、
その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、
その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。
人間は、何はともあれ孤独の存在。最期は死に直面し、絶望の中で死ぬ存在
である。死だけではない、何かを決断する時、孤独の際に立つしかない。
内なる世界で自己対話で決断するが、その時に、内なる対話の相手に、
過去の人たちの苦悩と、解決策の集約した答えを神が導いてくれるか、
どうかでは雲泥の差がある。神の代わりが、愛してくれた両親でもよいが、
熟練してる、神様が相手なら、最善に導いてくれるはず。神の魂と同化し、
その知恵なら間違いは最小で済む。私の現在の対話相手は、毎日読返す、
このブログの同月同日の、かって書いた文章。
・・・・・・
3846,‘よい写真を撮る’コツは ?
2011年10月06日(木)
海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。
それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。私もスナップ写真を中心
に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになった
のが、デジカメで写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで
済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。
観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、
自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。写すというより、
その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」
と、指示された目線で撮るとよい。その為には対象の景色に、まず感動し、
その感動をカメラに収める気持ちが必要である。また小さな花をアップにし、
その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場
の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から
構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。
その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。
だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると比較的良いのが撮れる。
それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信や荒木経惟の
女性などの撮影現場をTVでみたが、徹底的に相手をリラックスさせ、
その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること
自体を忘れさせてしまう。動物も人間も見られると緊張する生き物。
電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。
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10月06日(火)
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