ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6595,閑話小題 〜つれづれに哲学 〜考えましょうよ
▼ 夜半に目が覚めて、フッと自分の死を考えることがあるが、ここにきて、
 それが、リアルなフラッシュの塊と、生きてきた人生が小さな丸=(。)
に凝縮して、それが更に点(.)になり、無限の極小になり、消滅していく
イメージが出てくる。 そして我に返ると、その微小の人生が愛しく思える。
その点の中には、両親、亡くなった兄姉、因縁のあった知人たち、恩師が
リアルに生きている。そして行蔵が詰まっている。 我が人生、万歳。
我が両親、万歳。我が恩師、万歳。我が因縁在りし恩人たち、万歳。
残された人生に、万歳。 考えてみれば、『人生はそのものが狂寿』である。
「誰の?」「すべての!」 だったら、せめて心の底で、狂喜乱舞したら?
考えたことが無かった? なら、考えてみたら! 考えている? 本当に?
バカバカしい? バカになってみてから言ってみたら! で、『男はつらいよ』
を見たら!「泣いても笑っても、同じ空」。「狂っても正気でも、同じ空」。
「エライコッチャ、エライコッチャ、同じアフォなら踊らな、ソンソン」か。
それが面倒だから、ウタタネ寝をしている。それもありか! で、残された
時間を、どうしようか? うたた寝で、心の中で狂喜乱舞か、これまでの
人生で培った材料を駆使して、燃焼するか? それもこれも、今さらか。
・・・・・・
4770,ぼんやりの時間 ー3
2014年04月06日(日)
           「ぼんやりの時間」辰濃 和男(著) 
  * ぼんやりと過ごすために ―その時間と空間
次の問いかけー「むだな時間」はむだか?ーの問いが考えさせられる。 
  まずはーアマゾンのレビューよりー
《 ミヒャエル・エンデの傑作「モモ」の主人公は「ぼんやりしている時間」
 を大切にする少女だ。・・ エンデの作品は、時間泥棒の「灰色の紳士たち」
が、人々から「時間」を奪っていく物語だ。むだだと思われる時間を奪われた
人々の暮らしはどうなるか。それが「モモ」の主題だ。ぼやーっとしている
時間はそれこそ、むだそのものだ。効率至上主義者はそう言うだろう。
むだな時間を幾ら重ねても何の稼ぎにもならない。灰色の紳士たち、つまり
時間泥棒たちは、人々の心に忍び込んでは「むだな時間」を節約し、その分を
『時間貯蓄銀行』に預けなさい」と誘う。銀行に預けられた時間は、すべて
灰色の紳士たちが生存するために使われてしまう。いわば詐欺そのものなの
だが、人々は詐欺とは気がつかず、せっせとむだな時間を削っては、その分、
自分たちの生活を貧しくしてゆく。モモは何処からかふらりとその地にやって
きた少女だった。土地の人たちの好意で、古い円形劇場跡の一角に住まわせて
もらう。少女は、夜空を眺め、夜空の発する「荘厳なしずけさ」をひたすら
聴くのが好きだった。モモにとっては、このぼんやりの時間はけしてむだな
時間ではない。宇宙の静寂の中で時を過ごすと言うのは、モモがモモらしく
生きるための、大切な時間だった。夜空を眺める時間を持つことで、モモは
「荘厳なしずけさ」を感ずることが出来たし、何よりもそういう時間を持つ
ことで、曇りのない目を持つことが出来、灰色の紳士たちのインチキを見破る
ことが出来るのだった。かなしいことに、私たち現代人は、夜空をしみじみと
仰ぐ習性からしだいに遠ざかっている。利潤、効率、管理、豪華さ、スピード
とか、そういうものを生活の拠所とする人々が増え、夜空を眺めるなんて
無駄なことだ、と思う人が増えてきた。しかし、そのむだは本当にむだなこと
なのか。そういうむだがあるからこそ、生活はむしろ、ゆたかなものになって
いるのではないかとエンデは問いかける。》
▼「モモ」の時間が、何か日本人の預金のように感じられる。それを狙った
 偽札が、米国と日本の国債の紙切れ。国内に不安を押し付け、さほど多く
ない収入から、年金をかけさせ、預金をさせ、それと国債を交換するシステム。
その国債の価値の上げ下げの決定権も当然、彼らが持っている。金融工学など
の言葉は詐欺工学と言い換えてよい。おちおちしていると全てを失ってしまう。

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04月06日(土)
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