ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6542,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −2
その最悪の「われ」をみちびいてくれる唯一の道がある。それが阿弥陀仏
と仏を信じて、その名を呼ぶことだ。それが念仏である。念仏を唱える前に、
この時代は末世と確認する。そこに生きる自分を、最悪の凡夫として認める。
そこから出発するということは、人間存在の最底辺に下降していくことに
他ならない。…(略)
光を求めるために、頭上をあおぐのではなく、うつむいて自己の内面を
凝視する。悪の自覚から出発するということは、まさしく人間存在の底辺
への下降にほかならない。≫
――
▼ 『南無阿弥陀仏』とは、南無(頼む)、阿弥陀様! と自然に身を委ねる。
そうとしかならないなら、初めから自然の法則に従えばよい。大乗仏教の
教えである。オートバイで目的地に向かうより、仏様仕立てのバスに乗り、
念仏を唱えて生きていく生き方。 私の体質は、上昇感覚が強いためか、
オートバイで独りで向かう方が、私らしい… それも死ぬ瞬間、プッツン。
老いてこそ知ることがあるが、基本として下降感覚に支配される。それに
抵抗するか、自然に身を任せるか。たそがれ時の宴も、それはそれは良い。
スポーツジムで、外観から観察すると、生きている限り上昇感覚は必要と
思うが。 80歳半で亡くなった従兄の葬式に参列していた、やはり80歳の
従兄弟が典型的な下降と、上昇感覚の持ち主だったが、生き様が、そのまま
現れ出ていた。恵まれた人生には上昇感覚があり、愚痴・悪口の多弁の人
には、恵まれてない人生がみられる。この人をみて、無知からくる不幸は、
重罪と思うが、合せ鏡か!人にもよるか… 同じ空の下、泣いて笑えばいい。
02月11日(月)
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