ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6376,閑話小題 〜人間たる由縁は「想像するちから」 〜1
よりも利己的ではなく独占支配的でもない。この「恋」と「愛」は非常に混同
されやすい感情である。たとえば「母性愛」の言葉で表現されている感情は、
私に言わせれば必ずしも「愛」ではない。盲目的で排他的な母性愛はもはや
「愛」ではなく「恋」に限りなく近いものであり、「ナルシシズム」の延長
線上に位置するものだと感じる。このように紛らわしく似て非なる存在である
「ナルシシズム」と「自己愛」をきっちりと分けて考えると、おのずと我々に
とって必要なものは何であるかが明確になってこよう。
我々はナルシシズムから極力脱却しようと試みる一方で、正当な自己愛を
失わないよう気をつけなくてはならない。自分をしっかりと見つめ、その弱さも
醜さも受け容れて愛すること…それが自己愛のあるべき形であろうと私は思う。
己の弱さや醜さを受け容れられずに目を背けたり美化したり、逆に激しく憎悪
したりするのは、すぺて「自己愛」ではなく「ナルシシズム」の仕業だ。
自分嫌いは自分好きの裏返し、と、私は以前、子ども向けの自著で書いたが、
自分を憎んだり嫌悪したりする気持ちはじつはナルシシズム過多の証なのだ。
理想の自分、幻想の自分に恋するあまり、現実の自分を受け容れられない。
このようなナルシスティックな自分嫌いは、己の価埴を貶める行為であり、
いつまでたっても正当な自己評価には至らな仏のである。
・次は自尊心について考えてみたい。自尊心とほ、これまた文字どおり、
目分を尊重する気持ち」である。誰かに不当に賠められたりした時に傷つく
のは、この「自尊心」だ。「不当に」と言った、のは、それが正当な批判で
あれば、自尊心は傷つかないからである。自尊心はナルシシズムではなく、
公正なる自己愛によって裏付けられる。他人「批判されてカーッとなるのは
ナルシシズムだ。自己愛は、それが正当な批判でなければ謙虚に受け容れ、
的外れだと感じれば冷静に反論する。ただ、批判ですら根も葉もない誹謗中傷
に関して、それがたいてい陰口という形をとるために反論する機会すら与え
られず、自尊心が深く傷つく羽目になる。私はずっとナルシシズムによって
盲目⊂なることを恐れ、その一方で正当な愛を培おうと努力してきた。
それが成切したとはいわないが、少くともその切口の区別は常に意識していた
し、拙いながらも己の弱さや醜さと対時し、受け容れようと心がけてきた。≫
▼ 「ナルシシズム」が、異常に強い女性を身近で見かけるが、それが、
その人を。そして傍の人を、傷をつけていることに気づかない。
「ナルシシズム」は、「自己愛」「自尊心」と似ているため、混合してしまう。
その危険性に、無頓着過ぎることが、大きな悲劇を呼びよせることになる。
・・・・・・
6009,閑話小題 〜駐車場事故は3割!
2017年08月28日(月)
* 大手大橋をヒキチャリをして…
・先日、スポーツジムに、ヨガ予約・チップを取りに行った帰りの駐車場内で、
80歳半ばの老女が自転車に乗ったまま、突然、飛び出してきた。「危ない!」と、
思わず叫びながら急ブレーキを踏み、1m手前で辛うじて停止、事なきを得た。
その横道は一時停車の文字が書いてあるが、痴呆症が入った風で… 今まで、
無かった経験。雨だったら間違いなく事故っていた。
「交通事故の3割は駐車場事故」と聞いていたため、特に注意をしていた。
老女をひけば、ほぼ運転手側の責任になる。しかし、これでは避けようがない。
自動車運転の経験もなく、痴呆症が入った老女の自転車運転は、恐ろしい限り。
・半年ぐらい前に、同じSC内のスーパーで買物をした後、駐車スペースから
バックで出ようとした際に、80歳半ば過ぎの老人が運転席の前を横切った。
「ならば相方がいるはず」とバックを一瞬控えて、後ろを見ると、その連れ
合いらしき老婆が飛び出してきた。その直後、「もう、運転を止めよう。
前期高齢者が、後期高齢者を轢いてしまうケースになるところ!」」と、
真剣に考えてしまった。
――
* 世の中、喜びや悲しみで満ち溢れている
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08月28日(火)
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