ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5153,知の逆転 〜⑩
▼ アランの魂について、「一つの身体の運命に結びつけられた精神が魂」
という定義が分かりやすい。 キリスト教徒は、「魂は人間の不滅の本質
であり、魂は死後に 報酬か懲罰を受ける」と信じている。 私の魂の解釈は、
「心は毎日変わるが、魂は、その心を支えている生まれてから死ぬまで一貫した
幹である。感激は心の響きだが、感動は魂の振動」である。秘境の大自然の中で
何度も魂の振動を経験した。それが感動である。全身全霊で何かに没頭した
ときに魂が現れ出てくる。
・・・・・
3681, 逆説を考える
2011年04月24日(日)
考えるときの一つに、正反対の説を立てる方法がある。「逆も真である」
を試してみると、考え方の幅が広がってくる。とはいえ、逆説を正面から
考えたことはなかったので、その意味を取り上げてみる。学生時代のゼミの
教授が、中根千恵の「日本社会は縦社会=蛸壺社会」という説に対し、
「横社会=資格社会」という説を立てられた。「日本社会には武家社会の
影響が残っており、殿様、家老、家臣、家では家長、嫁、婿、長男、末っ子、
という資格社会ではないか。蛸壺というが、どの世界でも、その資格で評価
されるではないか?」という逆説に驚いてしまった。それを切欠に、
逆照射の見方を常に持つようになった。
ーYahoo辞書によると、 ー逆説とはー
1 一見、真理にそむいているようにみえて、実は一面の真理を
言い表している表現。「急がば回れ」など。
2 ある命題から正しい推論によって導き出されているようにみえながら、
結論で矛盾をはらむ命題。 逆理。 パラドックス。
3 事実に反する結論であるにもかかわらず、それを導く論理的過程のうちに、
その結論に反対する論拠を容易に示しがたい論法。ゼノンの逆説が有名。
逆理。パラドックス。 ー広辞苑」によると
「衆人の予想に反した、一般に真理と認められる説。また、真理に反している
ように見えるがよく吟味すれば真理である説」。逆説といえばマックス
ウェーバー著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』。
資本主義といえば「自分の利益の為に利益を追求する」ことだが、
マックスウェーバーは資本主義は「プロテスタント」は「禁欲」「勤勉」の
基本理念から出発したと主張。「禁欲」を目的とした「プロテスタンティズム」
は「勤勉さ」を旨とする「合理的」生活態度を形成した結果、
「計画的・合理的」に企業経営を行おうとする精神が形成されたという、
逆説は資本主義社会の大きな精神的支柱になった。
▼ 「逆も真なり」という諺が昔から日本にあったが、両者とも成立する
確信で考える入口になればよい。考えるための一番の近道だが、正論を
把握した後でないと単なる歪みになってしまう。
・・・・・・・
3316, 人みな骨になるならば ー11
2010年04月24日(土)
* 神とは ?
虚無主義の著者の宗教観がシビア。 この辺が、明るい乾いた虚無主義者の
真骨頂である。大方の人は、以下の論に近いのだろう。 アブラハムがつくり
あげた超越的存在の神、そしてユダヤ教、キリスト教、イスラム教の内輪もめ。
これが、現在の世界の宗教戦争を引き起こしている。
ーまずは、その部分を抜粋してみるー
神という言葉を使うと近代以後の知識人は懐疑的になったり警戒したりする
ものだが、それは「神」という概念の内包(意味)に関して伝統的なイメージを
ひきずっているためである。もともと「神」などという超越的観念は、それを
思っている人によって勝手にイメージされてきた。 中世の農夫にとっては
雲の上にいる白髭の老人であり、現代的な信者にとっては、「宇宙に偏在する、
形のあいまいな意志そのもの」である。 どこかの原住民にとっては自分と
同じような腰蓑をつけているオッサンかもしれない。このように、信者たちが
各自勝手に想像しているのが絶対者なのだ。ある意味で、このような多義的に
なんとでも解釈できる教義を備えていない宗教は、レベルもニーズも様々な
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04月24日(金)
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