ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4560・横尾 忠則の老人論 ー3
そして、それをベースに卒論「流通革命」を書いた。 それもあってジャスコの創業一期生として入社をした。そうこうあって渥美先生には、
大きな影響を受けた。そして現事業の立ち上げでは、その裏づけとしての理論的背景にチェーン理論があった。 
セミナーだけで、50〜60回は出続けた。 その費用は、長岡市郊外の二つの土地転がしで直ぐに元は取れた。 
立地論から、バイパス沿いの若い土地の短期転売で利益を得て、その理論の正しさを確認した。 しかし20年前にバブルが弾けた瞬間、
彼の理論は、時代とはかけ離れたものとなってしまった。「バランスシートの右と左を拡大しながら店数を増やしなさい。
それも町のバイパス沿いのヘソ(要所)を見つけ、自店舗を建てることで価値をあげ、それを担保に拡大出店を続けなさい」という理屈である。
 またアメリカの流通事例を見せるため店舗見学ツアーを組んで、2、300人と連れて行くのである。私も二度、参加したことがある。
大量生産、大量消費の時代、流通システムが全く旧態だった日本に、新しいバイパスとして、スーパーや、総合量販店、専門店を、
チェーン化で、販売経路の拡大戦略を指導してきたのである。彼は死ぬ直前まで、「日本の流通は未完である」と、その指導の手を
緩めることがなかったのは、やはり経営コンサルタントとしては、超一級だった証である。 ご苦労様。 ご冥福を! 
 ・・・・・・・
3080,再び死について考えてみる
 2009年09月10日(木)
 一昨日、従姉妹の通夜に参列をしてきた。 地元の米屋に嫁に行ったが、小姑が多くいて難儀をしていると聞いていた。
「この世に、今時にこんな厳しい嫁の環境があるのだろうか」と思われるほどの重荷を背負っていたようだ。その10日ほど前に、
長岡のグリーン・ホテルの先代社長が先月27日に亡くなったと死亡広告にあった。一度、当方の事務所に来たことがあったが、
創業時にホテル業についての話を聞きに行った事があった。暗い顔をした気難しそうな人だった。「自分の兄弟二人が、新潟駅前で
ホテルをしているのを知らないね」と言われ、それさえ知らない無知を恥じた記憶がある。 三条、柏崎、長岡三棟、東京の上野近くで
6棟を建て、子供たちに一棟ずつ与えるのが夢だったというから、それはそれで・・。  ところで、身近な知り合いと、
第三者の中間の立ち位置の「二・五人称の人」が死を考えるに最適という。第三者と第二者=知人と中間の立場の立場の死から
多くのことが見えてくる。知っている程度の人である。「死ぬ=無になる」、という論理の矛盾(無になる〜無には成りようがない
ー無いものに何故なる?)という池田晶子の言葉の通りに、死という言葉のイメージが刷り込まれる立ち位置にあるのが2・5人称の人。
10歳の頃、親戚の葬式に親と出席した時に思った、「何で人は周囲の眼を気にして好き放題生きないのだろうか?」と。
子供ながら凄い疑問を持ったのである。そのうちに、その疑問を忘れてしまったが、次の疑問は父親の死に接した時である。 
 死の瀬戸際から、逆に「生きる輝き」を逆噴射して見つめた視点である。 死に際で、「あと、せめて三年、生きたい」という生への
渇望の言葉を聞いた。それが日々強くなっていった。その時に「人間は生きているそのことだけでベストである」ことを肌で感じ取った。
そのためか、父親が亡くなってから人生観が変わってしまった。「一日一日を生ききること」が人生から与えられた責務と!。
知人の死だけでなく、身近な人の死も多く教えてくれる。 生老病死 苦集滅道 とは よくいったものだ。 
般若心経をパソコン画面に貼り付けておこうか! 
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2715, 「要素還元論」と「二元論」
2008年09月10日(水)
 島田雅彦・対談集「無敵の一般教養」の松井孝典の対談で
松井孝典が、考える方法として「要素還元論」と「二元論」を解りやすく手短にまとめていた。
  ーまずは、その箇所である。
【物事を深く理解しようと思うと、考える枠組みをよりシャープに細かくとっていかないと、解くべき問題を設定することすらできない。

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09月10日(火)
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