ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4256, しまった! ー5
各国が同時に非常事態を宣言する可能性とか、一時的な銀行閉鎖もありえる。
世界はキセズシテ激動期にはいったのである。 日本でも、世界でも、大地震や津波やサイクロンが発生するし、
異常気象が発生している。 この世界的危機を含め地球システムそのものの変調が原因とみるべきである。
▼ 以上が、この異常事態を「世界恐慌」と仮説?して書いたものである。成るほど、書いていて基点が明確であるので、
どんどん言葉が出てくるし、掘り下げて考えやすい。 つづく
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2007年11月10日(土)
2412, 暴対法について ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜
また、九州で暴力団の素人を巻き込んだ殺人事件があった。こうなったら「暴力団対策庁」を「警察庁」から独立して設立すべきである。
暴対法が出来てまる15年、その社説が先日の産経新聞に出ていたが、この法律が出来てから見るからに暴力団風の男の宿泊は激減した。
またクラシックなパターンのホテルへのカツアゲも殆どなくなった。開業以来ほぼ強請り取られた経験はないが、それでも現場は常に
緊張感に包まれている。地元の暴力団は比較的に大人しいが、それでも数年に一度はニアミスを起こしそうになる。
(字数制限のためカット 10年11月10日)
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2006年11月10日(金)
2047, あたりまえなことばかり −3
オッ(*^○^*)ハ〜 ー 読書日記
難しいことを、わかりやすく書いてあってよい。 考えることは数多ある娯楽の中で一番面白いと・・
如何にわかってないかをわかること、無知の知の自覚こそ哲学の原点という。そして「きちっと考えれば悩まなくなる」
というが、そのとおり。自由への道を一歩一歩、考えながら歩むことになる。
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「あたりまえなことばかり」
ー 考えるとはどういうことか ー
ソクラテスもこう言ってます。「何も考えても何の得にはならない、しかしわからないことをわかろうと考え始めて、
如何にわからないかということをはっきりわかることができる」彼はこれを無知の知という言い方をしました。
つまりはパラドックスの自覚です。このソクラテスの無知の知という自覚は、哲学の原点です。
考えてもわからないから、なお考えるのです。 逆に、考えるということはそこから始まるのです。
この「考える」ということは、世の中にある他の面白さなど大したことはない、というふうになります。
他の娯楽が多くあるが、直に飽きます。それはその面白さが大したことがないからです。
考えることがなぜ飽きないかというと、いくら考えても先があるからです。
もう少し実用的な言い方をすると、きちんと考えていると、悩まなくなります。
考えることが自分から始まって宇宙まで広がると、その開放感とか自由感は凄いものなのです。
なぜなら、非常に大きなところから自分を見る視点を獲得するからです。
相対的な視点が獲得できると、我われは日常のべったり張り付いている場所に居ながら、
また宇宙大の視点から見ることができるから、非常に自由になれるわけです。
今が日常のすべてと思い込んでいる人が、こういう目を持つことができれば、あれこれ悩んだり喧嘩したり
することから開放されるのです。死体が残って、死が何処にもなければ、人は当然、魂という発想を持つわけですが、
これを上手く語る言葉がない。 また魂を語るといって、これは死後を語るということではないのです。
死後とは、これこれであると言ってしまえば、それは宗教になってしまいます。 死後は誰もわかっていないのです。
ですから、古代の人の死生観が如何に自然であったか気づくわけです。
どうやら人が自分を自分と思っている自分は、それほど明確なものではないらしい。
自分と宇宙、自分と他人というものをうまく分けられない。 万物は流転しているようだとだんだん気づいてきます。
そうすると再び、 今ここに居て何かをしている自分は何か、という問いに戻ってきます。
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11月10日(土)
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