ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394095hit]
■4245, しまった! ー4
*自分より1つ上のポジションの立場で考える
仮説を持って仕事をするためのポイントは、全体のストーリーを立てることだという。
全部いっぺんにやろうとしてはダメだ。「網羅的にやって80点を取ろうとするよりも、ヘソをおさえてやる方が大事だ」
「少ない情報でもイマジネーションを使えば2週間もあれば結論を出せる」。新米のコンサルタントに最初の2週間で出させた結論と、
プロジェクト修了後に出した結論を比べてみても「これがほとんど変わらない」という結果になるという。
著者は仮説思考を訓練するために「常に自分よりも1つ上のポジションにいる人間の立場になって考えてみる」ことを勧める。
また「相手の眼鏡を掛けてものを見る」ように心掛けるのも役に立つという。
ーー
後記)考え方としては、「演繹法」に似ている。まずテーマを決めて、その要素を探し出す方法である。次回は、この本で紹介している、
天才棋士の羽生の話である。棋士ほど、あらゆる仮説を一瞬に立て決断しなければならない。
彼の言葉の一言一言が仮説思考について当てはまるのである。 ーつづく
・・・・・・・・
2007年11月09日(金)
2411, からだのままに (☆-v-)。o○《Gооd Мояйiиg》
「からだのままに」 木けいし著 文藝春秋社 ー読書日記ー
数年前、レンタルDVDでみた「阿弥陀堂だより」が非常に印象的であった。図書館で見つけた本だが、
《以下字数の関係でカット2008年11月09日》 ノヾィ♪ヾ(´_`●)ノ ノヾィ♪
・・・・・・・・
2006年11月09日(木)
2046, 教養について −2
(+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん
数ヶ月前に、同じテーマで書いたが、再び書く。
<前回の要旨>は、
・「教養」の概念は、英語では「文化」を意味するculture、ドイツ語では「形成」を意味する
Bildungに対応していていて、豊かな人間性の形成のための素養としての知識・経験をいう。
・「いかに生きるか」という問いが教養の始まりであった。
古代ギリシア人にとって教育の目的とは、一人一人が教養を身につけることであり、
市民としてよりよく生きるための知恵の獲得を意味した。
・「世間」とは、建前の無教養に重なり、世間には、当然と思われる価値観が厳然としてある。
しかし、それは地域差別のコントローラーとして機能しており、そのことを客観視できる素材が教養である。
・なぜ人生の後半になってから、そのことに気づくかというと、
「何が大切で、何が大切でないかが、経験を通して見えてくるからある。
* 私にとっての教養とは、
「感動すること、感激すること、感謝すること、 その響きを可能な限り大きくするための知識・経験を蓄積すること」
「知ること、愛すること、創造すること、それらを楽しむこと、 このために必要な知識・経験」である。
『親や、育った環境から与えられた先入観から自由になるための知識・経験』 というのが、結論である。
▼ 先日の朝日新聞の紙面のトークショーの内容が「今、教養とは」であった。なかなか納得しやすい言葉で各自が語っていた。
印象的な発言を集約してみる。
ー日本画家の千住博の講演がユニークである。 {サルにとって、進化するための教養が壁画だった}という説が面白い。
西欧州の300ある洞窟の壁画のうち、新しいものの一つにアリタミラの壁画がある。
《以下字数の関係でカット2010年11月09日》
・・・・・・・・
2005年11月09日(水)
1681, うそつき−4
「うそつき」の話になると、いくらでも面白い話が思いつく。筒井康隆の『嘘と法螺』という随想に、子供の嘘がある。
ーある人が、下駄を片方なくして帰ってきた子を叱った。するとその子は、泥棒が持って逃げたのだと言い訳をした。
泥棒が持って逃げるのをみて、どうしてお巡りさん言わなかったのかと訊ねると、子供は、下駄を持って逃げた泥棒は、
[5]続きを読む
11月09日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る