ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4239, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー12
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2005年11月03日(木)
1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1     −読書日記
「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。
読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に
入ってから大きな手術をし、死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。
心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。神秘思想に非常に近いところにいる。 
しかし同時に心の奥底に、神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という意識を明確に持ったまま、
心の奥深い世界を描写している。 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。
  ー「書くことの秘儀」ー
”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、リアリティを生み出すことだ、”
”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる
条件ではなかっただろうか。死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 
  《字数の関係でカット08年11月03日》
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2004年11月03日(水)
 1310, 23歳の日記−3
 ー卒業式の思い出ー
大学の卒業式の写真が数枚残っているが、その前後の事や詳細の記憶は殆ど無かった。ところが、この日記で当日の記憶が
鮮明に蘇ってきた。最終の学校の卒業は、人生の大きな境い目であるその記念日の記憶は、大事なことと読んでいて実感する、
それも年齢を重ねれば重ねるほど。幼稚園、小学校、中学校、高校とその日のことは憶えている。その日の父親の気持ちが、
今あらためて振り返ってみると少しは解かってくる。写真も大事だが、気持ちの記録はもっと大事である。
それにもっと早く気がついていれば、日記を書き続けておくべきだった。読み返していて感じることは、
「若いということは、若いというだけで光り輝いている」ことだ。不安定で歪がまだあっても、あらゆる可能性があるのが
若い時の特徴である。それが悩みになるが、その悩むということがよいのだ。それも振り返ってみて初めて気がつく。
 ー1969年 3月24日ー
卒業式に出席する為に、8時半に起床、10時半に四日市から東京に向け出発する。15時前に東京駅に到着する。
大学時代の友人の川崎のところに電話を入れる。一科目、追試が残っていて、それが及第しないと卒業できないのだが、
大丈夫だった。絶対に大丈夫と思っていたが、本当に良かった。万一の時は、就職もオジャンになってしまうのだから。
その足で、寮に行く。佐藤君は居なかったが、残してあった荷物は娯楽室にあった。その荷物を持って、千葉の検見川にある
(三番目の姉)優子さんの家に泊めてもらうために向かう。父が私の卒業式の為、来ている。何か父も嬉しそうだ。
恐らく、最後の子供を無事卒業させたという安堵感だろう。父に言ってはならないことをズケズケといってしまった。
「このままの仕事では、必ず淘汰されるのでは!」とか。父は何か悲しそうな顔をした。本当に何をやっているのか、
自分を怒鳴りつけたい。それも自分の卒業式にわざわざ出てきてくれたのに。
「親父よ、私はまだまだ未熟なのだ。ご免なさい!」 本当に恥ずかしい。
 ー3月25日ー
7時半に起床。今日は卒業式だ。8時過ぎに近くに住んでいる(4女)姉の礼子さんがくる。 父と私に会う為だ。
私は寮に行かなくてはならないので、父より一歩先に家を出る。寮で大家の奥さんに挨拶をする。
丁度その時、佐藤君とバッタリ会う。最後の握手をする。初めは親しかったが、途中から行き違いが出た。
しかし、気持を何時も通じていた。良い寮での同僚であった。 佐藤よ、ありがとう。
これで壊れた関係を元に戻せたようだ。 これで恐らく会うこともないと思うが、良い友人に恵まれた。
さて、その後父と待ち合わせて、大学に行く。これが本当に、本当に最後の最後の行事になってしまった。

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11月03日(土)
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