ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4157, 老後は夫婦の壁のぼり
レジャーの無かった時代の盆・暮れという里帰りのシステム、当時の長期?休暇だったのだろう。
考えてみれば良い文化である。一年に1~2度、田舎に帰り家族や幼馴染に会ったりするのも良い。
先日、学生時代のゼミの後輩と酒を飲んで聞いた話だが・・ ーM氏は東京の中野に住んでいるが、小学校の同級会を開こうと
思い立って同級生と三人と名簿を調べたら、63人の同級生が他に一人しか見つからなかったという。
都会は、それだから良い!と思うのか? いや寂しいと思うのか?やはり後者だろう。
(字数の関係でカット 12年08月13日))
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2005年08月13日(土)
1593, ひらがな思考術 −1 −読書日記
図書館から借りてきた本だが、目から鱗の本である。著者はコピーライター、シンクタンク社長、コミュニケーション学部教授、
という三つの経歴を持つから言葉に説得力がある。ひらがなでわざわざ文章を書いてみたら、なるほどドンドンかけるのだ。
(字数の関係でカット 09年08月13日))
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2004年08月13日(金)
1228, 広松渉(3) 哲学についてー27
ー人生舞台の役・割について
「実践するとはどういうことか」の(「行為の存立構造」の人生劇場))の概略を前回書いたが、行為の存立構造をなしている
「役・割」について、私の説を書いてみる。「役・割」が一番鮮明で解りやすいのが嫁姑の関係である。
永遠の人生の課題といってよい。結婚は二人だけの関係と思っていたのが、その取り巻く複雑な人間関係がついてくる。
それに舅・小姑が絡んでくるから、その役・割をこなす事は並大抵ではない。離婚は互いの相性もあるが、
この複雑に入り組んだ関係もある。演技者も「外面・内面」を使い分けなくては、下手な役者になってしまう。
長い年月かけて育て上げた息子が、バカ嫁に結婚を機会に取られてしまうのだから、コトは複雑である。
嫁の立場からすれば亭主の母子関係も、べたべたしたマザコンにみえてしまう。
その母親は、いつまでも子離れをしない嫌な存在になる。 家という制度が強い時代ならまだしも、
今のように個人が主体という時代では、嫁姑の関係はこじれるケースが多い。
正に人生劇場における集約された「役・割」で、お互いにぶつかる場面になる。
地方のような固定社会では、なおさら役・割が固定化するから、行為の存立構造は露わになるケースが多い。
・小さな世界が全世界と信じて疑わない「子狐」のミニ・テリトリーの因習の世界で因果関係の芝居が演じられる
・「おれは田舎のプレスリー」的存在の地方(?呆)名士役
(字数の関係でカット 2010年8月13日)
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2003年08月13日(水)
861, プライドー2
プライドは失意のどん底の時とかマイナスの状態の時に出てくる膿でもある。その状態が逆にエネルギーになる場合もある。
その為には、常に本を読み続けなくてはならない。心の膿がたまっている状態が「子狐」にしてしまうのだ。
したがって子狐は本を読まない人ともいえる。「プライドを捨てるだけのプライドを持て!」と、ある飲食チェーンの
創業オーナーが言っていた。「表面的な面子などのプライドを捨て、心の奥の芯ー真ーの自己尊厳としてのプライドを持て」
「捨てて捨てて捨てて、最後に残るプライドを持て」という意味だ。
自信のない人、失敗ばかりしている人ほどプライドが高いのは、捨てられるだけの実績と自信がないからだ。
捨てられない典型としては二代目とか、中途半端なインテリに多い。何でプライド?と考えたら、彼等は表面的繕いとしての
それしかないからである。といって表面的繕いのプライドを捨てられないのが人間の人間たる由縁であるが。
表面的繕いとしてのプライドと真のプライドとの隔離が若い頃の特徴である。それを一生続けて死ぬときに
「自分の人生は何だったのだろうか!」と悔やむ人がいる。それが失敗の人生である。
「そういうお前こそ、その歪んだプライドが尻尾に出ているぞ!」と誰かに看破されている
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08月13日(月)
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