ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4126, 第一感は叡智である
嘘のように素直に聞いていた。人生を振り返ってみると、特に中学生時代に何をしていたかで、ほぼ決まってくる。!
大人になっても同じことがいえる。教養は一生ついてまわるだけでなく、子供にもそのまま影響してくる。
歳を重ねると、そのことが身に沁みて解ってくる。そこで教養について、考えてみる。こういう場合インターネットはよい。
幾つかのHPを読むうちに教養の大枠が見えてくる。
・「教養」概念は、英語では「文化」を意味するculture、ドイツ語では「形成」を意味するBildungに対応している。
・ 豊かな人間性の形成のための素養としての知識・経験。
・「いかに生きるか」という問いが教養の始まりであった。
  古代ギリシア人にとって教育の目的とは、一人一人が教養を身につけることであった。
  それは専門知識の集積ではなく、市民としてよりよく生きるための知恵の獲得を意味した。
・「世間」とは、建前の無教養に重なる。世間には、当然と思われる価値観が厳然としてある。
  しかし、概して知識のない人種のコントローラーとして機能している場合が多い。それを知るのが教養である。
 なぜ人生の後半になってから、そのことに気づくのだろう。何が大切で、何が大切でないかが、経験を通して見えてくるのだろう。
 見えてない人が殆んどだから始末に悪い。それが世間とかいうヤツだが。 だから娑婆は面白いのだが・・・  面白すぎる、
 人間というのは!もっとも、一番おもろいのは自分だが!! 私にとっての教養とは、「感動すること、感激すること、
 感謝すること、その響きを可能な限り大きくするための知識・経験を蓄積すること」 「知ること、愛すること、創造すること、
 そしてそれらを楽しむこと、このために必要な知識・経験」である。「お前を見ていると、教養があるように思えないが・・」
 という声が、何処かから聞こえてきそうだが・・ まったく、もう。 自分でも、そう思っているから間違いないことです。   
・・・・・・・・
2005年07月12日(火)
1561, わたしの酒中日記 ?13
 ー岐阜 -1  1975年 9月末日
 初めての仕入れで岐阜に来ている。高校の二年の時に父の仕入れの鞄持ちで来たことがある。
あのときの感覚を頼りに生まれての初めての仕入れである。まずは東京の現金問屋街で仕入れ、その後に名古屋廻りで
岐阜に入った。今回は婦人服である。生地の素材さえ知らない、まして流行など知る由もない。しかし、全く経験のない
「養老の滝」「ベーカリー」を立ち上げたことからみれば、遊びでしかない。学生時代の合気道の経験が役に立つ。
ただ虚心に対象と立ち向かえば、プロより強いということを信じればよい。とにかく情報を仕入れること、それしかないのだ。
そのためには歩き回るしかない。それと自分の人間性を前面に出せば相手も反応する。一回目にしては上手くいったようだ。
そして父と昔、泊まった宿に入る。懐かしい、本当に懐かしい。そこで夕飯を軽く食べた後に、街に出てみる。
知らない街で赤提灯を探すのは、何とも愉しいものだ。疲れのせいで、直ぐ近くの「なまずや」という鰻屋に入る。
鰻をここでは、むかしは「なまず」といったのが由来とか?一人カウンターでまずは鰻を肴に酒を飲んでいると、小座敷で
飲んでいた二人づれの一人が話しかけてきた。今日、行ったメーカーの人だ。一緒に飲まないかということで、彼らの席にいく。
昔、父にお世話になったという。父のことを、一時間ほど彼らから聞かされる。その後、彼らと柳ヶ瀬のスナックに行く。
私の学生時代に大ヒットした「柳ヶ瀬ブルース」発祥の地である。彼ら二人はかなりの遊び人のようだ。とにかく疲れたので、
早々帰ってきた。緊張した一日であった。反面、面白いのだ。買う立場は売り手からみたらお客様なのだ。何か仕入れとは
こういうものかと、少しは解りかけてきた。 明日は大阪に行って、その日のうちに広島だ。未知な世界は、全てが冒険である。
我ながら、よくやるよ! ーつづく
・・・・・・
2004年07月12日(月)
 1196, 口ぐせ

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