ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394288hit]
■4068, 疲れたら憩がよい、彼等もまた、遠くにはゆくまえ!
いま一つ劇的なポイントがあった。それはブログに書かれた記事は検索エンジンにとっても検索されやすいということ。
わかりやすく言えば、ブログの記事や日記は一本一本が独立したHPのような形式になっている。
(以下、字数の関係でカット10年05月15日)
・・・・・・・・
2005年05月15日(日)
1503, 平等について ー1
ー不平等が人間の基本ー
フランス革命の旗印は「自由・平等・博愛」である。その自由に重心を置いたのが、自由主義であり、平等に重心を置いたのが、
社会主義である。博愛に重心を置いたのが宗教というところか。「自由」については何回か書いたが、今度は「平等」
について考えてみよう。『日常生活に哲学は必要だ』ー三浦朱門と鷲田小弥太の対談集ー
の中の「平等について」の一節に明快に書いてあった。 これから考察してみる。
ーまずは抜粋してみるが、「平等」に対して、これだけ解りやすく納得させてくれるのも珍しい。
ー「不平等が人間の基本」ー
・三浦 社会主義の基盤は平等です。さっき、人間は共産主義者が好きなのではないという話がでましたが、
それは実は平等が好きだということなんです。実際、遠見に見ると、人間なんてどれもこれも同じなんです。
たとえば学校を見ると、卒業式とかなんかで、クラスの記念写真を撮りますね。これが制服など着たりしているとなおさら、
みんなと同じである。だが、少し近づいてみると、男の子がいたり、女の子がいたりする。 偏差値も違うし、
歌の上手い子もいる。ハンサムな子、美人な子、逆にブスな子もいる。これだけの要素を順列組み合わせしてみても、
千差万別といってよいほど違う。まして人間の要素というのはこれだけではない。 本当に一人ひとり違う。
だから、社会を構成上で大切なのは、平等の適用範囲なのでしょうね。平等の心地よさは大事です。
それは社会を安定させる重要な要素です。人間を遠距離で見るか、中距離で見るか、近距離で見るか。
市民的平等、遺伝子的平等、文化的平等などさまざまな局面を考えてみると、やはり平等は社会保障や法律の局面に
限るべきだと思います。その部分の平等が保障されていれば、その社会はまずはよしとしなくてはなりません。
ところが平等とはなんでも同じでなければならないととらえられている。
・鷲田 まず人間は基本的に不平等であると心得なくてはなりません。その基本的に不平等である人間が社会的生活を
営む上で、なるべく円滑にいくように考えだされてのが平等という概念であることを知らなくてはなりません。
そのためには、法律に定められた平等以外に不平等であるのが人間の姿なのです。それを心得させるものは
哲学であるということなのです。「平等と権利の主張」
・三浦 平等は社会生活を営む上で便宜的な概念であって、人間の本質でないということことですね。
だが、その平等の概念がしばしば混乱するのは、ほかでもない、
権利意識と平等が混同されるからではないでしょうか。
・鷲田 権利を主張するのに平等を楯にする。しかしね、平等を楯にした権利の主張は利己主義に過ぎないよ。
その証拠に、こちらに何かを寄越せ!という権利の主張なら大いに平等を口にしますが、
平等にするためにこちらの何かを削らなくてはならないような場面では、平等のビョの字も出なくなる。
・鷲田 いまの政治家や役人の二代目なんてのは世襲化しているが、これを如何考えるか。
・三浦 何代目であろうが、一応外交官試験を通ったり、選挙に当選しているのだから、やはり平等と見なくてはなりません。
・鷲田 平等は聞こえがよいし、居心地がいいかもしれない。また、社会生活を円滑に回転させるための円滑油としての効果もある。
だが、それはあくまでも法律的な枠組みに限られたことだとわきまえなくてはならない。
良識などという言葉は私にはもっとも似合わないが、やはりそういう良識を持ち合わせてないと、
品位のない社会になってしまいますね。その良識を確立するためにも哲学を持たなくてはなりません。
ーーーーーーー
[5]続きを読む
05月15日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る