ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4012, 事業生活39年の、独り語り ー1
「個性的な人間」を育てることであった。 そのため、現在の子どもは幼児の頃から「意図的に個性的でなくては!」と
、刷り込みがされてきた。 そのためには、それぞれの特性にあった教育をすべし!ということだった。
 しかし、個性化とは何だろうか?と少し考えてみると、明らかに間違った理解をされてきたことが解る。
「珍気な子を作るのが個性である」という先入観が、教育現場の興廃を招いてしまった。先生も、その珍奇な子供のなすがままに、
自信を失い学級崩壊を招いているのが現状である。人生経験の少ない子供に個性化など求めること自体が無理がある。
お笑いバラエティーに「将棋少年」とか、「エレキ少年」とかいう珍気な子が出てきて、天才少年と煽て上げて笑いの対象にしている。
あれは個性的でも、天才的でも何でもない珍奇な子供でしかない。習い事に「守・破・離」という原則がある。
まずは、基本を身につけて、乗り越え、新しい技・個性を身につける。個性的性格は、30年、50年かけて作りあげるもの。
職業とか、趣味とか、色いろな経験が織りなす輝きを個性という。長年の生き方が、その人らしさを作り、「らしさ」が
味として滲み出るのが個性である。「珍奇な早熟の生き方」を幼い子供に押し付けること自体、中味のない珍奇な生き方を
強要していることになる。最近になって教育現場の惨状に政治家も腰をあげ、教育制度に根底から変えようとしているが・・
「仲の良い両親が温かく子どもを見守る明るい家庭こそ、子どもの人生の基盤になる」と言われている。
それは長年かけた家庭の結果でしかない姿である。大きな波風の中で、結果として明るい温かい家族ができたのであって、
そのプロセスこそが子ども教育になるし、個性の芯になる。その時その場の「いま・ここ」で与えられた課題を、
一つずつこなしていけば、その永年の積み重ねが個性になるのである。別に個性的でなくても、いいじゃないか。
そう、砂利同士がカタチは丸いとか四角とか言っているのと同じ。そんなこと気にすることはない。でも変わったのに眼がいくか?    
社会ルールを壊さない程度で好きなことをやっていればよい。個性なんぞ考えることは、人との比較をしていることになる
ゆとり教育とは、ゆとりのある親が公立でなく、私立の小・中学校に子供を入れることに結果としてなってしまった。
ブラック・ユーモアなんてものじゃないのが、現状である。  ホンジャ、バアア    ♪♪((((*`・´))ノ ♪♪
・・・・・・・・
2006年03月20日(月)
1812, WBCー日韓戦 が面白い!           才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
昨日のWBCの日韓戦が面白い試合であった! 勝ったから尚のことだったのだろうが。WBC戦で6勝全勝の韓国と、
三勝三敗の日本の戦い。おまけに日本は韓国に二戦二敗である。15日に韓国に敗れ99?諦めていた日本が、
米国がマサカの敗戦で生き返った。日本は負けて元々。全勝をしてきた韓国は負けられない戦いであった。
中盤までの緊迫した投手戦が、7回に日本の大量得点で勝ってしまった。 それまでは、日本が押し気味に進んでいたが、
チャンスにあと一押しがなく嫌な雰囲気であった。それが、福留の一発のホームランで流れが一挙に日本に傾いてしまった。
試合というものは、こういうものである。韓国にとっては二勝一敗の日本が決勝に進んでしまったことに、割り切れない無念さが
残ってしまっただろう。韓国に三連敗は許されない日本と、二連勝している日本に決勝に出すわけにいかない韓国の立場があり、
お互いに負けられないという緊張感がヒシヒシと迫ってきた。日本は決勝まで進めるとは思っていなかっただろう。
万一、日本がキューバに勝つようなことがあれば、日本の野球界にとって、神風?がふくだろう。冷静にみるとイチロウの存在が大きい。
『自分の野球人生で一番の屈辱の日』という言葉が、転がり込んできた準決勝で、チーム全体に火をつけた。
全員の目が据わっていた。韓国野球界はサッカーなどの影響で、ジリ貧の韓国野球の起死回生という、コンセプトがあって

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03月20日(火)
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