ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394419hit]
■3947, つれづれに ー66歳か
2、ついていた。 3、面白かった。 4、悔いはない!である。
人間は考え行動した総体と、自分が生まれた両親と家族、そして自分の家庭、職業、趣味などの総体が
自分を構成していると実感する。人生の7〜8割がた生きて最後の直線コースに一歩踏みこんだ日である。
少しは大人しくしなければ! それにしても、毎年の誕生日の日記を読むと面白い!
「自分でいて自分ではない独りの男がいる。」それにしても、考えていることは同じことの繰り返しでしかない。★:゜( ̄▽ ̄*)>*
・・・・・・・・
2005年01月15日(土)
1383, 誕生日ーつれづれに
今日は私の誕生日である。 59歳である。この歳になってしまった自分が信じられない。
人生は短いという思いと、長く生きたものだという思いが交差している。
気持ちは全く歳をとっていないのに自分でも驚いている。早くいえば馬鹿ということだろう。
鏡を見れば歳相応の顔があるが、見慣れてしまったせいか、その歳の自分に気がつかなくなっている。
1月15日は「成人の日」で祭日だったので、それも重ねて「自分の祭日」にしていた。
しかし、数年前から日にちが変更になってしまった。以前は毎年1月15日にはNHK『青年の主張』を楽しみにしていた。
色いろな世界を垣間見れるのがよかったが最近はみなくなっていた。今年はまだ放映されていないが、どうしたのだろうか。
学生時代の日記にも『青年の主張』の感想が書いてあった。 あと一年で還暦になる。 以前は還暦というと大年寄りという
感がしていたが、あと一年でなるのだ。 最近は、歳をとることがあまり気にならなくなっているのも事実である。
60歳以降の人生を、60歳前までに押し込んで生きてきたので、充実感は強い。
昨夜は、一日早い誕生祝いをスナックでしてきた。以前は祭日だったので、一人でたまたま開いているスナックに
飛び込むのを、楽しみにしていた。誕生日というと、祭日で暇なこともあり歓待をしてくれた。それが狙いなのだが。
▼ 書き終えてから、数年前の随想日記を見ると、ほぼ同じ日記が書いてあった。
毎年同じ感想というのも馬鹿みたいといえば馬鹿みたいなものだ。しかしメルクマールにはなっている。
・・・・・・・
2004年01月15日(木)
1016, 58歳の誕生日
あと二年で還暦である。もうこの年になった!というのが実感である。 60歳までに、60歳以降の余白を全て埋めてしまう
生き方をしようと50歳の時、決心をした。「10年で30年分を生きる」が、それからのコンセプトになった。
そして8年が経つ。 実際のところ、そうしてきたかというと自信はないが、そう思って生きてきたことは事実である。
「海外旅行を50回を60歳まで」にと目標としたのも、その一つである。この随想日記もその一つだ。
60歳を過ぎてからというのが一般だが、約三年前1千を目標にして、昨年の暮れに達成した。
言い残しておきたいことは殆ど書いてしまった。あと二年で730日分書けば?もういいだろう。
父が58歳の時、私は中学二年生だった。その頃、50代後半は凄く年寄りに見えたものだ。
恐らく若い人から見たら、そう見えるのだろう。 年齢を重ねると、マイナスだけでなくプラスも同じくらい
あることも知った。若い時と違った充実をした日々を過ごせるのだ。経営をしていると心休まる日は少ない?が、
といって毎日の内容が濃い。 この年齢の風景を見てみると、
・10〜15パーセントの同級生が亡くなっている。
・私の両親の兄弟姉妹と連れ添いは9割以上亡くなっている。 いとこは4割、兄姉は9人中4人亡くなった。
従兄弟で現役で働いている人は一割もいない。 兄姉で働いているのは、兄夫婦と私だけだ。
同級生では、男では定年か廃業の直前の人が殆どだ。生老病死とは、よくいったものだ。
生き、老い、病んで、死んでいくのだ。 それを苦しみと捉えて解決法を説いたのが仏教だ。
といって死ぬまでは生きているのだ。楽しみは無限にある。「日々是好日」の意味の深さが解ってくる年代に入った。
・・・・・・
2003年01月15日(水)
647, ハッピーバースデー
[5]続きを読む
01月15日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る