ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3926, 精神力ーその偉大な力 ー14
地下1〜4階までは、フロアごとに商店会が組織されていて、それぞれが「ビルの中にある商店街」になっている。
〔ワンフロアー1000坪位か〕また5〜10階は住居フロアになっている。ここは1960年代最先端スポットであったが、今では
マニアックな買い物が楽しめる場所として秋葉原と同じぐらい全国レベル、いや世界レベルに知られる観光ゾーンになっている。
骨とう屋、宝飾品店だけでなく、ペットショップ、漫画、アニメはもとより、フィギュア、食玩、オーディオ機器など、
いわゆる“オタク”な人々がお宝を探しにやってくる。そういう店が2、3階に集中していて、異様な雰囲気を醸しだしている。
ー字数の制限でカット(2011年12月25日)−
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2004年12月25日(土)
1362, 金に泣く人笑う人 −2 読書日記
第五章の「男と女の金の相関」
ー「ヒモのAとイロのB」の内容が面白く、かつ悲しい。
<まずはヒモの話>
ーヒモのAはなんの変哲もない二十代後半である。ホストクラブで働くような男ではない。
むしろ風采の上がらないセールスマンといったタイプである。
この男に18人の女性がどうして貢ぐのか。いくら考えてもわからなかったが、何回か会っているうちに、
この男には特殊の偽善性があるのがわかった。虚言癖がごく自然に具わっているのが徐々にわかった。
その理由は、Aと会う場所がその都度変わっていて、彼はどの雰囲気にも自然に溶け合っているのだ。
場所は喫茶店という外の店でなく、常に違った女性の部屋であった。
OL,ホステス、居酒屋の女将、学生、看護婦とさまざまであった。彼はどの部屋にも溶け込む男であった。
(字数制限のためカット 09年12月25日)
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2003年12月25日(木)
995, クリスマス−2
昨日は学生時代のクリスマスイブの日を書き写したが、その[一年後のクリスマスの日]を記憶の中から引き出してみる。
ジャスコオカダヤに入社して四日市本店に勤務、そこから合併先のジャスコフタギの「神戸垂水店」に転勤になり、
半年経っていた。会社は幹部候補生を即戦力にする為に、店と売り場の高速配転をしていた。
2ヶ月もして慣れると、即配転である。四日市、神戸、桑名等。 5番目の売り場では、関西では初めての靴部門の
立ち上げの責任者に取立てられていた。それにしても、あまりにも過酷であった。当時のスーパーは、まだ得体の知れない
新参の危うい小売屋でしかなかった。濁流に放り込まれて、毎日が濁り水の中を溺れながら押し流されている日々だった。
現在考えても、よくぞあの濁流に飛び込んだものだと思う。それだけ当時の流通は暗黒の世界であった。いや今もそうだが。
話はそれたが、クリスマスは食堂でささやかなクリスマスパーテーをやったような記憶があるが、確かかどうかはハッキリしてない。
その後に会社仲間と寿司屋で酒を飲んでいたような記憶があるが、これも如何であろうか。女性とは一緒ではなかったようだ。
そうなら何処かで記憶が残っているだろう。クリスマスなどと浮世のことなど考えられない状態であった。
それにしても、あまりに異常の世界であった。 合併というのは、信じられないほど現場の摩擦がある。
その先兵は如何立場かという知識は全く無かった。 先ほど書いたように、流通業は当時は濁流そのものであった。
信じられないような光景が色いろあった。ところで、その年の年越しを思い出した。宿直で、年越しを床屋で髪を刈っていた。
当時の関西は、年越しは床屋が深夜まで営業をしていた。それまでの年越しは全て実家で両親と供に年を越していた。
刺激が強すぎた日々でも、芯には染まらないのが私の特性である。これは武澤ゼミのお陰であるし、また欠点かもしれない。
また創業という目的があったためである。「クリスマス」や「年越し」という視点で、過去を切り取ってみると色いろのことが
記憶の底から湧き出てくる。 メリークリスマス!
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12月25日(日)
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