ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3920,精神力ーその偉大な力 ー10
家族全員がいたときの玄関いっぱいの あの喜怒哀楽の靴たちはどこですか  中江三青 鳥取県鳥取市 54歳 会社員
畜生!あげたてのてんぷらが食いてえ! ― ガ島で戦死した兄からの最後のハガキ ― 井邑勝 福岡県北九州市 69歳 無職
きみは小さな足でかわいい地団駄を踏む。 いったい誰から教わったんだい?  塩見直紀 京都府綾部市 37歳 自営業
雨音で目を覚ましたので窓を見たら アジサイがのぞいて笑っていました。   岸波由佳 福島県福島市 18歳 高校3年生
目を閉じるとき瞬間私は貴方との人生に「喜怒哀楽」のどの顔をするかしら   高橋直美 青森県青森市 31歳 主婦
母が怒り出したから、「だっ」と逃げたら、「だだっ」と母が追って来た。   石榑美樹 新潟県長岡市 18歳 高校3年生
いつの間にか付けていた心の仮面が、 今では勝手に感情を作る。本当の感情はどれ? 加藤裕美子 福井県福井市 15歳 高校1年生
ー他にも、すばらしい作品が多くある。 人の心は、弱く儚いものだが
 ーー
ねぇあなた、哀しみの次には楽しさが来るんだよ。もう一度頑張ってみようよ。先日、満員電車で、席を譲られてね、感謝したけど、
何故か心に、空席が出来たよ。あなたがいないから、泣いていたんじゃないの、私もいないから、泣いていたの。            
虹が出た時、土筆の顔が見えた時、今年初めて燕を発見した時。何だか幸せ。      
「喜び」はきっと一人じゃ作れないよ。だって一人じゃうれしくないじゃん。     
・・・・・・・
2004年12月19日(日)
1356, 梅の花ー2
部屋は六畳ぐらいの大きさで、机の下が掘りごたつ風になっている。
メニューは、湯葉煮、茶碗蒸し、豆腐のけんちん揚げ、黒豚と季節野菜の豆乳しゃぶしゃぶ、
豆乳リゾッテ風、シャーベットである。食事が終了するのに、一時間半はかかった。
挨拶に来た、マネジャー風の人の話によると「昼客の殆どが女性のグループで、11時過ぎに来て2時近くまでいる。
その為お客はあまり回転をしない」とか。最短で1時間半かかるのだから、女性客はそれだけ居座るだろう。
いま流行の、スローフードの典型である。「郊外型、高級料亭ふう京料理のスーパーストア廉価店」といえる。
    (字数制限のためカット 2010年12がつ19日)
・・・・・・・・ 
 2003年12月19日(金)
989, 軽井沢の思い出
 現在書いている随想日記に「軽井沢」のことが頻繁に出てくる。 記憶の彼方のことが、今更のように思い出される。
大学二年の秋に、隣の部屋の先輩から「OBの先輩がペアレントをしている軽井沢の山荘」のアルバイトに誘われた。
丁度、学生時代の生活に慣れて、寮とクラブだけの生活に辟易としていた時期で、丁度よいタイミングであった。
仕事といえば、食事つくりと、掃除と、宿泊客の夜の遊び相手である。 若い女性が殆どで、フォークソングを一緒に歌い、
ゲームをしたり、話相手になる。初めての経験で夢のような毎日であった。卒業するまで連休や夏・冬休みに二年間ほど行っていた。
 早朝の朝もやの中、宿泊客とか同じヘルパーの女学生と散歩をするのが一番の楽しみであった。並木道の木が重なり合っている
「愛のトンネル」いや「「愛の小道」という絵に出てくるような場所もあった。周囲は別荘や池やホテルなどがあり鳥のさえずりや
雉の鳴き声が聞こえてきて、幻想的な小説の主人公になったような世界。 そこで仲が良くなって東京で会ってもTPOSが違うのか、
一度で夢破れたことが何回かあった。夢は夢にしておくべきということを何度か再確認をした。 
また久々に会う女学生が嬉しそうな顔をして走りよってくる姿が、何ともいえない記憶として残っている。  
何で誰とも結婚しなかったのだろうか、不思議で仕方がない。両親の縛りから抜け出せなかったのだろう。いや??!
まだ受け止められるだけのものが無かった。 ところで話が変るが、そこの名前は「友愛山荘」であった。
旧軽から歩いて7〜8分のところにあった。政治家一族の鳩山家の政治団体「友愛」が、ボランティアで運営している
(字数制限のためカット 2011年12がつ19日)

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12月19日(月)
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