ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3898, つれづれに  ー景気の話ー
という形で、それは進行していく。コンピューターは、人間とはなにか、を逆照射してくれるあらたな他者として、
今日、きわめて意味深い存在者なのであるが、今後、人間は自己規定をどのように遂行していくのだろうか。 
あくまで、人間性にこだわっていくのか、それとも、そんな課題は放棄してしまうのか。興昧は尽きないのである。
 −−
10年先、いや5年先さえ、想像すらつかない変容が待ち受けている。
 それを見るだけでも現代に生まれた良かったと思っている。      ヽ(。・c_,・。)ノ バイ
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2006年11月27日(月)
2064, あたりまえなことばかり −15      o( `▽´ )Ψオハヨウ!           
7歳の頃、一番上の兄が死んだ時に姉に「死んで兄ちゃん、どこに行ったの?」と聞いた。
そのときの姉の答えは、「白い馬になって、空の上の昇っていたいったのよ」であった。数日後、兄が白い馬になって
空に昇って行った夢をみた。子供ながらに、その時の両親と兄・姉の悲しみは敏感に感じ取っていたのだろう。
こういう経験を重ねて、死は怖いもの悲しいものという先入観が植え付けられたのだ。
亡くなってから何度か「どこかに行っていた兄が帰ってきた夢」をみた。
空の彼方からというより、そのつど事情が変わっていた。兵隊から帰ってきたり、旅行より帰ってきたり・・・
人は元気で長生きをしなくてはならない。世界も、自分も変わっていく。それは遥かに予測や想像をこえている。
いま、ここは全てである、しかしその全ての背後に得体の知れない世界がある。
それを知りえるには、変化していく自分の世界と経験の蓄積の範囲でしかない。    
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他者の死はなぜ悲しいのかー?
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言語と論理に即して考える限り、「死は存在していない」。自分の死は言うに及ばず、他人の死すら「見つからない」。
しかし、だからこそ、「他者が死ぬ」とはいったいどういうことか悩ましいなぞとなる。死は存在しないが、死体は存在する。
他者の死体の存在によって、現実の出来事になる。死の境によって動いていた体が動かなくなる。この変化の意味、
これが理解できない。理解できないまま、死体は然るべき手順で処理され、無くなる。
(カット 09年11月27日)
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2005年11月27日(日)
 1699, 人生の価値について −1    −読書日記 
    『人生の価値について』西尾幹二著 新潮選書  (-_ゞnemu  (~O~)ふぁ
  この本では、どうしたら人生に成功するかという、いわゆる人生での成功の秘訣や、いかに生きがいを見つけるか
 といったことは書かれておらず、生きがいとは何か、成功は価値に等しいのか、が述べられている。
 成功失敗、幸福も不幸も、希望も絶望も、生も死も、結局は同じものの二面性にすぎないという。
 「人生は偶然に支配され、何が起こるか分らないからこそ、生きるに値する」という、宿命を認めているところは
  本人の人生体験を重ねて深いところを見据えている。
  104節からなる各々の文章が、どれを読んでも解りやすい文章で読者を深いところで納得。
 ー90節の「希望について 」が、心に残った。
 重病患者ばかりが入っている病棟に入院したときの著者の記述が鋭い。
 著者がそこで不思議に思えたのは、明日にも死ぬかも知れない人々にも「社会生活」があることである。
 余命幾ばくもない患者たちが、日常のささいなことに心をとらわれていることである。
 明日の命も知れぬ人が、ナイター中継に夢中になっていたり、同じ病室の人に悪く思われないように
 気をもんでいたりすることなど、「死」という大きくて困難な問題を直視しないようにしていることを知る。
    Σ(゜Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!    死にたくない!
 このような経験から感じたのは 日々の小さな出来事に敏感になることで、困難で恐ろしい(死)を考えないで
 すむようにする人間のたくましい実態である。 パスカルはこんなふうに言っている。

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11月27日(日)
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