ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3855, 閑話小題
宿命と憂鬱が彼らの親友で、古い格言にもあるように「不幸は社交好き」なので、「妨害者」はことあるごとに
不幸をまき散らします。何かの行事に顔を出さなければ、家族で旅行でもしていたのか、とは聞かないで、
病気だったのか、と聞くのでしょう。 足を挫けば、一生正常に歩けなくなる可能性を説明し、
身体のどこかが痛むと言えば、腫瘍学の権威に診てもらえと忠告するでしょう。
(以下字数の関係でカット、2008年10月15日)
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ドキッとするかも知れないが、彼らなりの世界があるから、その世界で群れていれば良い、それが彼らの人生であるからだ。
しかし彼らの暗示に引っかからないことである。私の知人の一人が、一歩も自分の世界から出れなかった人である。
しかし考えてみれば、自分も同じでしかない!気がついているかどうか?の問題だが、考えてみたら対比の問題でしかない!
要は、自分こそ自分の妨害者ということである。それを一番知っているから、直ぐに本の中でそういう箇所を見つけるのである。
「嵐が丘」を書いたエミリー・ブロンテは英国・ヨークシャーの片田舎で外面的にはあまり変化のない日常生活を送りながら、
深い激情的の小説を書いている。その人によるということか! という訳で、いま一度、よーく読み直すことにしました。はい!
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2006年10月15日(日)
2021, 「新潟ワシントンホテル」が撤退
(字数制限の関係でカット10年10月15日)
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2005年10月15日(土)
1656, 吹き来る風が私に云う
帰 郷 中原中也
柱も庭も乾いてゐる 今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が 心細そうに揺れている
山では枯木も息を吐く あゝ今日は好い天気だ
路傍(ばた)の草影が あどけない愁みをする
これが私の故里(ふるさと)だ さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと 年増婦(としま)の低い声もする
あゝおまへはなにをして来たのだと・・・ 吹き来る風が私に云ふ
生まれ故郷に帰った中也が、自分に向かってつくった歌である。
何か万人の心の声といってよいだろう! ほんとうに、オイお前なにをして来たのか?
自分の人生を生きてきたというのか? これでよかったのか?
だれもが、この気持ちを持っているだろう。 私など、何回思ったことだろう。
そして、次の言葉で、その言葉を打ち消す。 ー仕方がないじゃないか、精一杯やったじゃないか。
これしかできないのも自分。 まあ、いいや。 と。中原中也の詩は、悲しい。しかし、悲しみを慰めてくれる。
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2004年10月15日(金)
1291, 「元気の出る言葉」ー5
ーどん底からはい上がるコトバー2
■やりもせんで、できんというな。(by 堀之内九一郎)
一言 〜若いうちはね〜
■見返りを求めるな、そうすれば行動は制限されない。
一言 〜解からない
■打ちのめされるような人生の経験は、もっとも豊かな報いをもたらし得る。
一言 〜「 」
■自分について知ることは貴重であり、欠かせないことです。
それは、危険な楽観主義とともに、陥りやすい失望を避けさせます。
■機会を待て。だがけっして時を待つな。(by ヴィルヘルム・ミュラー)
一言 〜何々、何々?何々!チャンス?呼吸?
(字数制限の関係でカット09年10月15日)
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2003年10月15日(水)
924, アイスランド旅行記ー4
ーつれづれに雑記
・ツアー仲間の話は書いていて面白い反面、物悲しいことが多い。今回は同じバスではなかったが、痴呆症?の65歳位の女性の話。
アイスランド最終日に初めて気がついてのだが、そのバスの同行者数人が面倒を見ていることに気がついたのだ。
それから注意してみていると全ておかしい。目が虚ろ、いつも誰かに質問をしているのだが、その結果が違うことをしている。
羽田に着いて、モノレールに乗る時も質問をしながら、結果として違う行為をしていた。まあ人生そのものだが。帰りの列車で、
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10月15日(土)
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