ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3567, 年末ーつれづれに
 明るい兆しが見えてきた。その要因として、政府の力、外部要因、内部要因からみると、外部要因は、中国向けを中心とした
 輸出の伸長である。内部要因は、液晶・プラズマの薄型TVやDVD、そしてデジタルカメラに象徴されるデジタル家電のブーム。 
 中国とデジタルの頭文字の「CD景気」は、この1、2年で反転するようなことはないだろう。
 しかし中国景気は、日本の地方に直接・間接の大きな影響を与えている。
・この十年間2〜3回は海外旅行をしていたが、今年は一回であった。年末にと思っていたが、この中越地震である。
 これがなければインドネシアか、タイと考えていたので、助かったのかも。
・プロ野球問題、西武鉄道の問題、ダイエーの解体の決定、など多くの問題が噴出した年でもあった。
 情報化・グローバル化による時代の変化が、ますます激しさを増して時代を変えた年といってよい。
・身近の人で亡くなったのは、取引先の朝日広告の五十嵐恭一さんである。会社の事務所に一番多く訪ねてきた人である。
 年に数回は、個人的に飲みにいっていた。 多くの取引先をまわっているので、景気とか時流の情報に敏感であった。
 親戚では、亡くなった人はいなかった。 伯父叔母も、あと数人になったこともあるが。
・仕事の方も、相変わらず下方圧力は大きいが、今年の10月の後半で底うちをしたようだ。
 と同時に中越地震の復興関係の宿泊のためミニ・バブルになり、予算を何とか達成可能になった。
  今年はやはり何といっても中越大地震が一番の出来事であった。 忘れられない年になった。
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2003年12月31日(水)
1001, 今年の総括
今年も大晦日になってしまった。 恒例の今年の総括をしてみよう。
ー個人的の問題では
・今年の身近な物故者は高校の同級生の‘スーパーツチダ'の社長をしていた土田恒夫君が亡くなった。
 一番死にそうでない男であったからショックであった。親戚では母方の従姉の連れが亡くなった。
・海外には二回行った。この数年三回であったので、少し物足りなさが残った。アラスカとアイスランドである。
 これで41回である。当面の目標の50回にはまだだが。60歳までに、というのは無理になった。 大不況の中、今年は
 特に行くのを躊躇をしたが、後になれば何ということはない。 行けない状況に行くからこそ価値があるのだが?
・国内では、京都に一泊のバスツアーと鎌倉に行く。
・産能大で「一時間講義」をする。 いい思い出になった。
・ 新潟の引越しを考えるが、決断が出来ない。
・ウオーキングは一日平均1万4千歩を確保した。 数年前より1万5千歩より1千歩減らしている。 
・新しい習慣として「ありがとう」を1千回平均言うことが加わった。
ー会社は
・去年11月に始まった売り上げの落ち込みが進む。今までは他山の石だったが。世間並みになったとはいっていられない。
・来年の事業構造の転換に向けて、支配人と副支配人をホテルのラインから外して本部付け
(新規プロジェクト開発部)にする。久々に仕事に本気になる。新規事業の準備が進む。
ー国際社会では、
(字数制限のためカット09年12月31日)
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 2002年12月31日(火)
 627,パタゴニア旅行記ー9
ー絵を描く人ー
 今回の旅行で素晴らしい絵を描く女性がいた。見るところプロ並みの絵を描いていた。
画家の安野光雅に小学校の絵の担任でもたれたと嬉しそうに言っていた。
いつも面白い話をしてくれて、「先生お話!」皆が囃したてていたとか。
今から考えると情緒教育をしていたのではないかと言っていた。
何十種類のクレヨンを持ってきて30〜40分位で仕上げてしまう。
見ていても気持ちが良いぐらい綺麗に仕上がっていく。あの位巧く書ければ本人も気持ちが良いだろう。
 主人の方はカメラマニアでお互い自分の世界に没頭しているのがバランスが取れていて良い。
ある意味で理想的な夫婦の形に見えた。絵を描くということは対象に対し観察眼が鋭くなるし脳に残る。

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12月31日(金)
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