ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3533, 竹森俊平の「漂流を始める世界経済」
それを知りえるには、変化していく自分の世界と経験の蓄積の範囲でしかない。
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他者の死はなぜ悲しいのかー?
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言語と論理に即して考える限り、「死は存在していない」。自分の死は言うに及ばず、他人の死すら「見つからない」。
しかし、だからこそ、「他者が死ぬ」とはいったいどういうことか悩ましいなぞとなる。死は存在しないが、死体は存在する。
他者の死体の存在によって、現実の出来事になる。死の境によって動いていた体が動かなくなる。この変化の意味、
これが理解できない。理解できないまま、死体は然るべき手順で処理され、無くなる。
(カット 09年11月27日)
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2005年11月27日(日)
1699, 人生の価値について −1 −読書日記
『人生の価値について』西尾幹二著 新潮選書 (-_ゞnemu (~O~)ふぁ
この本では、どうしたら人生に成功するかという、いわゆる人生での成功の秘訣や、いかに生きがいを見つけるか
といったことは書かれておらず、生きがいとは何か、成功は価値に等しいのか、が述べられている。
成功失敗、幸福も不幸も、希望も絶望も、生も死も、結局は同じものの二面性にすぎないという。
「人生は偶然に支配され、何が起こるか分らないからこそ、生きるに値する」という、宿命を認めているところは
本人の人生体験を重ねて深いところを見据えている。
104節からなる各々の文章が、どれを読んでも解りやすい文章で読者を深いところで納得
ー90節の「希望について 」が、心に残った。
重病患者ばかりが入っている病棟に入院したときの著者の記述が鋭い。
著者がそこで不思議に思えたのは、明日にも死ぬかも知れない人々にも「社会生活」があることである。
余命幾ばくもない患者たちが、日常のささいなことに心をとらわれていることである。
明日の命も知れぬ人が、ナイター中継に夢中になっていたり、同じ病室の人に悪く思われないように
気をもんでいたりすることなど、「死」という大きくて困難な問題を直視しないようにしていることを知る。
Σ(゜Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!! 死にたくない!
このような経験から感じたのは 日々の小さな出来事に敏感になることで、困難で恐ろしい(死)を考えないで
すむようにする人間のたくましい実態である。 パスカルはこんなふうに言っている。
「人間と言うものは、どんなに悲しみに満ちていても、もし人が彼をなにか気を紛らわすことへの引き込みに
成功してくれさえすれば、そのあいだだけ幸福になれるものである」また102節の「人生の長さについて」もよい。
「人生は快楽や楽しみごとや不安や緊張や困難で、いっぱいに満たされているのが通例である。
だから時間は素早く過ぎていく。しかしそういう物を何かの偶然で突如欠いてしまうと、時間はとたんにだらだら
と怠惰に流れ、退屈という新しい苦痛が発生するのである。 時間はそのさなかではむやみに長く感じられる。(′O`)hima〜
「今過ごしつつある時間を長く感じることを人間は一途に嫌悪し、これを避けようとするのだ。
できるだけ時間を短く過ごすことが生の確証であり、生きがいの充足をしていると思っている。」
著者は「あらゆる人間の行動はすべてその人の暇つぶしである」と述べている。
この人間の行動というものの中には仕事や家事、学術的な研究まで含まれる。暇であるという状態は、その人に
自己の生の無意味感を与える。それを感じたくないがために、我々は何かを行っていなくては生きていけないのである。
何かこの辺を読むと人生とは何ぞやとか真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなる。
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2004年11月27日(土)
1334, 「おカネの発想法」ー読書日記
父が末期ガンで死期を悟った時、私に意味深のことを言ったことを思い出す。
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11月27日(土)
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