ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3308, 万田酵素
年をとるにつれて、人間は誰もが多く挫折をし、傷を負う。深い挫折の中で、汚れたという言葉が自分を苛む。
その中で自分の汚れを拭き取りながら「所詮こんなもの、人生は!」と自嘲する。24歳の日記をまもなく書き写すつもりだが、
当時の自分の気持ちも、この詩の心に似ている。昨夜、極近に挫折をし自殺直前で思いとどまった人と、膝付き合わせて話した。
一言一言の言葉の中に、深傷の痛みを感じ取ることができた。「汚れてしまった」という言葉の替わりに「倒れ(挫折)てしまった」
が、彼の気持ちであった。その悲しみは、本人しか知ることはできない。その傷は本人しか治せない。
「それでも生きているのは何故か」を自問自答をして、「何かに生かされている」
ということに真に気がついた時、初めて一人で立ち上がることができる。それにしても深い詩である。
・・・・・・・
2004年04月16日(金)
1109, 「ライフ・レッスン」ー読書日記 ?2
 ー第一章 「ほんものの自己」のレッスンー
この本の意味は読めば読むほど、その深さに驚かされる。キュープラ・ロスが死にゆく人々から学んだ教えの数々。
すべてを終えた時、「生」と「死」の本当の姿があらわれる。その深さに少しでも自分の意識を降ろす為に、
一章づつ印象深い文章を書き出してみる。私たちは、自分に与えられたレッスンを学ぶ為に、地上に生まれてきたのだ。
25歳の金沢時代の、どん底にいた時のある瞬間に「ハッ!」としたことがあった。
今でも忘れられない瞬間であった。自分は何故ここまで惨めな気持ちにならなくてならないのだ。
自分が何故ここに、こういう状態いるのだろう?その瞬間に思ったことは「自分は修行をしにきたのだ、修行で苦しみの
極限を味わう為である。その極限を嫌っていては何の意味もない。極限の境遇を学ぶ為に今ここにいるのだ。
それなら、いま自分がこの状況にいることが必然である。学ぶのだ、学ぶしかないのだ、それなら今の自分が自分で納得できる!」
という、こころの大転換があった。その時から視点が変わった。全てが可愛い表象に見てきた。分厚いレンズー現実が目の前から
消えたようだった。この本を手に取ったとき、なるほど究極に生きてきた人の、暗闇に光り輝く魂の言葉の深さを感じ取った。
過去を考えてみると全てがレッスンであることが理解できる。人生は学校なのだ。
現象は神があたえた教科書の練習問題。何故、その問いに答え続けなくてはならないのか? それが生きるということだから!
ー以下は、過去に書いたライフレッスンー1 の内容である。 
938, 「ライフ・レッスン」ー読書日記  2003/10/29
  (字数の関係でカット2008年04月15日) 
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2003年04月16日(水)
742,『金持ち父さんの子供はみんな天才』ー1               
                        ー 読書日記
『金持ち父さん』シリーズの三冊目『親だからできるお金の教育ー金持ち父さんの子供はみんな天才』を買って読んだ。
この本のシリーズの本は、どの本もそれぞれが理にあっている。何回も読んで金銭感覚を磨かなくては、この時代には挫折を
してしまう! 何割かは実行してきたことだが、しかしあいまいな部分が多い。この激動の時代だ、一つ間違えると致命傷に
なってしまう。お金は、ある意味で生きていく交通手形である。お金に対する考え方は生観の大きい基礎といってよい。
 ーまずは印象に残っているところを抜粋してみる。
 ー抜粋ー1
昔、先生からこんな話しを聞いたことがある。「神様は私たちに右の足と左の足を与えてくださった。
正しい足と間違った足を与えてくださったのではない。人間はまず右に向かい間違いを犯し、次に左に向かって間違いを
犯すことで進歩をする。いつも正しくあらねばならないと思っている人は、右足だけで歩こうとしているようなものだ。
そういう人は、自分では前に歩いていると思っているが、たいていは一ところを回っているだけだ」
 ー抜粋ー2
人生における選択肢について、お金持ち父さんはよくこんなことを話してくれた。

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04月16日(金)
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