ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395486hit]

■3134, 脳と日本人
まずは深井に会う。新橋しのだ寿司の御曹司で、無神経だったが何ともいえない暖かさがあった。
彼も興奮気味であった。その後、武澤先生に会う。父を紹介した後、父ともども記念写真を撮る。
武澤先生には、言いたいだけいい、その結論を出さずしまいであった。その後、河村、外山、石川、奥野、
兼古、広瀬、皆が居た。 本当に最後ということで涙を浮かべて最後の握手をする。彼らとも、もう二度と会えないのだろう。 
思い出の深い校庭である。ここが日本かと思われるような何ともいえないアメリカ的な雰囲気があった。
父が、あまりに私のところに多くの友人が次々挨拶に来るので唖然としてみている。
父は何か取り残されているようだった。しかし、それより全ての友人に挨拶をする方が先である。
卒業式は、一人一人が壇上に上がって,総長から直接卒業証書を手渡された。その後、全員で校歌を歌い無事終了した。
そして、学食に集まり、ビールで乾杯をして、コップを床に叩きつける。これで学生時代とお別れという儀式である。
そして学校を後にする。ところが面白い現象がおきた。ふと見ると、歩いているのが、入学当時のグループの兼古と奥野と
広瀬の4人なのだ。最後はそこに収まったということだ。兼古は千葉の方向ということで、駅前の喫茶サルビアで思い出話と、
今後の人生について話し合う。そして電車で千葉の検見川まで一緒に帰ってくる。これで、完全に学生時代は終わってしまった。 
良い学生時代であった。そして、良い卒業式であった。これだけ、素晴らしい!と思えるというのは一生の宝になるだろう。
明日から再び現実が待っている。

・・・・・・・・・
2003年11月03日(月)
943, トンネル怖い

 先週TVを見ていたら、磐梯山から紅葉の景色の生中継をしていた。
「今年は紅葉の時期が例年に比べてかなり早い」と現地の人がいっていた。
その言葉の中に「11月初旬の連休には終わってしまって残念である」という気持ちが読み取れた。
ところが会社の大矢さんが、その時行っていたという。 それが「素晴らしい紅葉」であったと教えてくれた。
昨日、思い立って磐梯山に行ってきた。 しかし最後の盛りは、やはり先週であったようだ。
ゴールデンラインのコースの木々の大部分の葉っぱが落ちていた。それでも低い山には紅葉が十分残っていて、
快晴に恵まれたこともあって素晴らしい磐梯の秋の景色を楽しむことが出来た。
 ところで10年位前から、高速道路の一車線のトンネルが恐ろしくなった。
誰もがそうだろうが、特に緊張をしてしてしまうのだ。 不安になり他の車はみるところ80キロは
出しているのに65キロが精一杯。 手には汗ビッショリ、気持ちが悪くなるのだ。
高速道路にほとんど乗ることないのが理由なのだろうが。神経症の可能性もある。トンネル内の事故は死亡のケースが多い
こともあり、なおのこと焦るのだ。 一般道に下りればよいのだろうが、時間を節約しなくてはという気持ちがそれをさせない。
帰りは高速の入る直前にある事故用?の空間に車を止めて、後続車を追いやった後にユックリ走るようにしたが。
歳をとったということか。若いうちに家族と日本中を車でいっていて本当によかったとつくづく思った。 
今度からはバスツアーにきりかえなくては。 いや日本はもう京都を除けば行くことはないか? 
それとも、泊り込みで一般道をのんびりいくかだ!

・・・・・・・・
 569、ケーススタデー ー2
- 2002年 11月03日(日) 

1968年
毎週金曜日の15時か16時より2時間開かれる。ゼミが終わると太陽が黄色に見える位疲れていた。
知的訓練など全くしたことがなかったためか?二年間コースで初めの一年は課題の本を読んで、それの感想と議論。 
二年目の前半は事例研究で、後半は各自が自分で事例を創り、当事者として2時間ゼミの全員に質問と追及を受け、
その結果を討論する内容だった。私は途中二年目からの編入であったが。 他の人を聞き取る場合は刑事のような内容追及が
リアルで面白いが、自分の場合は追求されて、瞬時に物語を創っていかなければならない。 今でもその全て憶えている。

[5]続きを読む

11月03日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る