ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2971,住まうこととさまようこと ー3
おしゃれとは、年齢とともに失っていく清潔感を取り戻すためにある。
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・地味の落とし穴
(字数の関係でカット 09年05月24日)
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2004年05月24日(月)
1147, 「唯脳論」
この本も、なかなか面白い。情報化時代だからこそ脳が問題になる。
脳こそ、情報器官そのものであり、それがコンピューターと結びつき、さらに
インターネットでネットされた現代社会では、最も注目されてしかるべきである。
自分の脳を公開して、さらに自分で時間をおいてみてみると、自分でも面白いのだから、他人が見たら
もっと面白いだろう? この随想日記は「唯脳の世界」そのもの、それも重層に重なっている。
「現代人は脳の中に住むという意味で、いわばお伽噺の世界に住んでいるといっていい。」
と著者は書いているが、ある意味で、このホームページもお伽噺なのかもしれない。
ー以下は、あるホームページの抜粋を、再構成したものである。
それにしても、神様か、高度の何かが人間や生物を創ったとしか思えないが。
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養老孟司著 青土社刊
●はじめに
・現代とは、要するに脳の時代である。
情報化社会とはすなわち、社会がほとんど脳そのものになったことを意味している。
ヒトの歴史は、自然の世界に対する、脳の世界の浸潤の歴史だった。それを我々は進歩と呼んだのである。
・自然保護運動が、しばしば理性に反するようにみえるのは、その実態が「自然に帰れ」
運動ではなく、直感的な「反-脳」運動だからであろう。
現代人は、脳の中に住むという意味で、いわばお伽噺の世界に住んでいるといっていい。
・・・・・ お伽噺に異を立てる現実とは、我々を制約するものに他ならない。
それは歴史的には常に自然だったが、いまでは脳になってしまった。
・我々はかつて自然という現実を無視し、脳というお伽噺の世界に住むことにより、
自然から自己を解放した。現在その我々を捕らえているのは現実と化した脳である。
脳がもはや夢想ではなく現実である以上、我々はそれに直面せざるをえない。」
●唯脳論とはなにか
(字数の関係でカット 09年05月24日)
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2003年05月24日(土)
780,またおきた「意味ある偶然の一致」
ー40歳の頃 −1986年
過去をこうして書いていると、いかにして今の自分になってきたかの謎解きを一人しているような気分になる。
この頃は第二の増築工事の完成をした年であった。280室に向けて一番勢いがあった。
またギリギリの判断をして、後は野となれ山となれという気分であった。
時代はバブル直前の何ともいえないエネルギーが溢れていた。コンピューターを導入した年でもあった。
政治的には、アメリカとプラザ合意をしてバフルに入った直後であった。気持ちの中ではギリギリの限界であった。
ーこれを書いているときー今、TVから1986年の歌がが流れてきた、それも字幕で1986年と入っていた。
加山雄三の歌がー「北国の?と歌っている」また起きた感じだ。 NHKのBS・2で、時間は21時55分。
恐ろしい感じがする。よくおきるがあまりに露骨だ!シンクロニシティー「意味ある偶然の一致」だ。
嘘みたいだ! 実際のところ、現におきたのだ。書いている最中に字幕で1986年と出て、歌まで出るのだから!
あまりにも出来すぎている。これに合わせて引きつけられるように、このテーマを書いていたということになる。
深い自分のしらない何かがあるのだろう。 これだから面白い!テーマが変わってしまった。
ー重大ニュースー
・三原山大噴火
11月15日、伊豆大島の三原山が209年ぶりに噴火。21日、全島民に避難命令。
約1万人が1ヵ月にわたって島外避難したほか、農・海産物などに大被害をもたらした。
・撚糸工連事件
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2002年05月24日(金)
416,鳩山家の「勉強法」
何回か立ち読みをして買うかどうか迷っていたが,先日買って読んで面白かった。
しかし本来ある技法を、とってつけたような内容も多かった。最近ノウハウ書に凝っている。
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05月24日(日)
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