ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2888, 天地人と先祖
私の解釈では、・真面目な、・気弱そうな、・善人面ということが、問題全てを一人抱え込んでしまった。
誰に聞いても、優しい良い人だというところに問題があった。それ故に、母親と長男の問題と、職場の配転とか、
犬の調教の疲れなどの全てが、長年にかけて山積になった。良い人というペルソナを、脱ぎ捨てるとかができなかったのだ。

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2004年03月02日(火)
1063, 高級1DKマンション?1

 高級というよりアッパープライスのマンションという表現が適当だが。
最近インターネットで、最新型の1DKマンションをネットサーフィンをしながら調査をしている。
そして面白そうなものは、資料を取り寄せている。特徴としては、多くのホテル並みのサービス機能がついているものが多い。
もちろん、高速インターネット付である。イメージとしては「スタジオ・マンション」という感じである。
ホームページを見ていると、何か別世界に入り込んでしまったような錯覚をしてしまう。
情報化社会の時代の新しい空間とは、こういうカタチと見せつけられたようだ。 
またソフトハウスとしても利用可能のようである。特に新橋や品川や山の手周辺に多く、
一室で月20万?70万もする。ホテルの1泊3万の部屋を月契約で2万円にしても、月60万になってしまう。
ならば少し高くとも、長期滞在専門の本格的な1DKが求められて当然である。
大規模のものが近々、品川にオープンするが、都心だから入居者があるのだろう。
買って、そこに縛られるより、こういうところを渡り住んで楽しんだ方が良い。面白い時代になったものだ。
古ビルを買って、情報・サービス機能付き空間に大改築をするのも面白い。
時代の変化に合わせて、既存のものを変える事業も出てきているようだ。
組み合わせを変えることによって、新しい価値の創造をするデザインが現在求められている。
ホテルプロジェクトを1DKに集中? 「高度化」がキーワードになる。

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2003年03月02日(日)
697, ルーツー2(縦人脈)

ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって富山から上越と逃れてきた。
そして「上杉家の家来」になった。上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」
という出城の城主であった。謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の
片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。その時の先祖の名前が「堀井宗親」と
「堀井四四太郎」という。一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。
その後、そこで百姓をしていたようだ。ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、
関西ー富山ー新井ー小千谷ー長岡の流れがある。また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって変わってきている。
金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」。
その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。
上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。長岡は10あるかないかで、新潟市では数人だけ。
20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。
車を止めて独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない気持ちになった。
何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ?という感覚で、何かオーラに包まれたような
気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。
そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。
家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。
それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。

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2002年03月02日(土)
347,心の陰


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